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第333話 番外編①〜大学生〜
大学生活は、自分の思っていたそれよりずっと忙しい。自分が看護学科の学生であることが忙しさの原因なのであろうが、度重なる実習と手書きのレポートで心身ともにかなりやられていた。
そんな俺も、留年することなく遂に大学二年生になった。そしてこの秋、めでたく二十歳を迎える。
「誕生日おめでとう、勇也」
「おう、ありがとな」
日付が変わる瞬間。二人きりで、ささやかに俺の誕生日会が始まった。深夜だから気を使っているのか、ハルは声のボリュームを落としてバースデーソングを歌う。
大学生になってからハルと二人で引っ越した小さなアパート。前の広々とした立派な一軒家とは違い、隣の部屋の音が時々聞こえてくるようなごく普通のアパートだが、それでも二人の日々は充実したものであった。
「はい、今年の誕生日プレゼントはこれ!」
じゃーんという効果音を口で言いながら、ハルは紙袋を机の上に載せる。
「開けてもいいか?」
「勿論。喜んでくれるといいけど」
ハルはよほど自信があるのか、早く開けてほしそうにチラチラと視線を寄せてくる。
そんなハルを後目に紙袋を開くと、その中に更にふたつの箱が入っていた。
「…ふたつもあるのか?」
「ふたつ合わせて使って欲しくて。ほら、早く開けて」
「わかったって、急かすな」
少し心を躍らせながら箱をふたつ取り出し、また机の上に載せる。そして、まずは細長い形をした箱の蓋を開いた。
「…ワイン?」
「そう!勇也の生まれ年のワイン、探したんだ。言っておくけど、今回も父さんのお金は借りずに自分で稼いだからね」
二十歳になって初めて飲むことになるのがこの高そうなワインだと思うとやや緊張したが、ハルが自分のために選んでくれたと思うとやはりなんだって嬉しく感じてしまう。
ワインボトルを慎重に置き、もうひとつの箱を開けた。その中には、艶々と光るワイングラスがふたつ入っていた。
「ワイングラス…そう言えばハルが飲む時も普通のグラスで飲んでたもんな」
「せっかくだから一緒に飲めるようになってからちゃんとしたの買おうと思ってね。名前も彫ってあるんだよ、それ」
ハルの言う通り、グラスの足部分にはharuto、yuyaとそれぞれローマ字で名前が掘られていた。
グラスを照明にかざすように持ち上げると、キラキラと反射して綺麗だった。
「…ハル、ありがとう」
「どういたしまして。それじゃあ早速飲んでみよっか」
ハルはそう言うと慣れた手つきでソムリエナイフを扱い、ワインボトルからコルクを手際よく引き抜いた。そして、目の前のワイングラスに赤いワインが少しずつ注がれてゆく。
「やっぱ手つきが違うな」
「まあね、これも本業ですから」
俺達は学費のみハルの父、綾人さんに支援してもらっている。綾人さん自身はお金が必要ならいくらでも出すと申し出てくれたが、俺達はそれを断って自身のアルバイト代でアパートの家賃や生活費の一部を賄っていた。
そのため、俺は学校の近くのラーメン屋で、ハルは医学部に通いイタリアンレストランで働いている。医学部は看護学部よりも実習や勉強が忙しいイメージが俺の中ではあったが、ハルは全てそつ無くこなしているからいつか倒れないか心配になるほどだ。
「お前、明日バイトは?」
「今週だけ土日どっちも休みにしてもらったよ。勇也も休むって言ってたし、勇也の誕生日くらいは家でゆっくりしたいからね」
「わざわざ悪いな」
「いいんだよ、勇也の為なんだから。はい、それじゃあ乾杯しよっか」
再びおめでとうと祝われながら、グラス同士を軽くつけて乾杯をした。おそるおそる一口飲もうとすると、ワイン特有のツンとした匂いが鼻をつく。
ハルの方を見てみれば、グラスを回しながら匂いを確かめ、少しワインを味わってからまた頷いている。それを見て俺も慌てて匂いを確かめているふりをした。
「初めてが赤ワインってちょっとキツかったかな。でも勇也なんとなく強そうだから大丈夫かな、上杉さんとかはあんな強面でお酒弱いらしいけど…」
「まあ、これくらい余裕だろ」
「味は好き嫌い分かれるからね。このワインは年代で選んじゃったし、いいモノではあるけど独特な匂いと辛みがあるから飲みやすいかと言われたらそうじゃないかもね」
なにやらペラペラと喋っているが、なんの事だかさっぱり分からない。けれどこれを飲めなければ成人できないような気がして、意を決してぐいっとグラスの半分ほどを口に含んで喉に流し込んだ。
「うっ…!」
「ちょっと勇也、そんな一気に飲んじゃダメだよ。味わからなくなるし危ないし、もう少しゆっくり味わって…」
「んんーう…」
飲み込んだ瞬間、あのツンとした匂いが口中に充満した。そしてむせる前に全て飲み込むと、急に意識がぼやけてくる。
頭がぼうっとして、体がポカポカと温まってくるような気がした。
「勇也、大丈夫?ごめんね、無理しなくていいんだよ」
「ん…ハル…?」
「勇也…?」
顔が熱くなり、意識がはっきりしないせいで自分でも何を喋って何をしようとしているのか分からない。近くで心配そうにこちらに見つめてくるハルと目が合うと、目の前に恋人がいるという嬉しさからついハルの体に思い切り抱きついてしまった。
「はる〜…」
「ど、どうしたの勇也…やっぱりお酒ダメだったのかな、吐きそう?」
「ちあう!はるがしゅきなんら!」
「え、なんて?」
呂律が回らなくてまともに喋ることも出来ない。ただただ頭がふわふわして、なんだか気分が良くなってきた。これが酒の力か、と思いもう一度グラスに手を伸ばすと、その手をハルによって制止された。
「勇也、酔ってるの?これ以上飲んだらダメ。ほら、水飲んで寝よ?」
「なんれらよ!おれは、まだ飲むぞ!」
「…まあそれもそれで可愛いんだけどさぁ、お酒はやっぱ危険だし…まあ高校の時勝手に度数高いの飲ませちゃったけど、あの時はそこまでならなかったでしょ」
「うるせー!酒よこせってんだ!」
ハルに抱きついたまま額をハルの胸に打ち付けると、ハルは少しため息をついた。
「もしかして…勇也って酔うとすごく面倒くさいタイプ?」
「なんれそんなこと、言うんらよ〜はるぅ…」
「どうしよう可愛い…けどとりあえず、水飲んで寝よ?ね?いい子だから」
「おれはいい子じゃねー!狂犬なんらぞー!」
バタバタと暴れるがあまり力も入らず、ハルに抱えられて無理矢理ベッドの上に投げ出された。
「俺が水持ってくるから、大人しくしててね?」
そう言って去ろうとするハルの部屋着の裾を、きゅっと握って引き止めた。
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