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覚の章14
「遅かったじゃないか、咲耶」
覚に送られて、織は玉桂の閨までたどり着いた。襖の前で膝をつき、そっと両手で開ければ、玉桂が悠々と織を迎えてくる。
部屋の中は、それはそれは艶めかしい雰囲気だった。薄暗い部屋の中を、紅く色づく行灯が仄かに照らしている。部屋の中央に敷かれた布団は、二人用の大きなもの。「そういうことをするための部屋」、そのものだった。
ごく、と唾を呑む織に、玉桂が笑いかける。この先に行けば、また激しく玉桂に抱かれるだろう……そう思うと、なかなか先には進めない。
「くく、なにを躊躇っている。はよう、こちらへこい」
しかし玉桂は、全てわかっていた。織が、玉桂を拒むことなどないと。だって織はもう――覚に心を喰われ、自分自身を激しく嫌悪し始めている。心に強烈な闇を持つものは、玉桂を拒めない。なにもかもを忘れさせてくれる玉桂に、溺れたがるのである。
玉桂の煽りに、織はぎゅっと唇を噛む。ふっと鈴懸の顔を頭に浮かべ、そしてすぐにかき消し。自分はここへいくしかないのだと改めて思い知り。
そっと膝の前に両手をついて、頭をさげた。そして、手をかたかたと震わせながら……吐息混じりの声で、言う。
「……可愛がってください。玉桂さま……」
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