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覚の章13

 湯浴みを終えた織は、覚に運ばれ玉桂の閨に向かっていた。広く長い屋敷の廊下を覚に抱えられ移動していれば、すれ違う狐たちがにやにやとにやけながら見つめてくる。自慰をした後だからかくたりとした織の姿はひどく色っぽく、これからこのいやらしい体が玉桂に抱かれるところを思い浮かべて、狐たちは愉しんでいるのだろう。 「……織さま」  しばらく歩いていると。ふと、織に声をかける者が表れた。織のことを「織」と名前で呼ぶ者など、この屋敷には覚しか存在しないはず。一体誰が――、疑問に思った織は、気怠い体を起こして、ゆっくりと瞼をあける。 「……詠、……?」  そこにいたのは、詠。いつもの落ち着いた色合いの着物とは打って変わって派手できらびやかな着物を身につけた、まるで別人のような彼女。そんな彼女の容姿の変貌に織はひどく驚いたが……それよりも、なぜ彼女がここにいるのかと疑問に思った。  詠の両脇には、巨大な覚がニ体。覚という鬼の性質と、自分がそれらにされたことを思いだしーー織はさっと青ざめる。  まさか、彼女も自分と同じことをされたのではないかと。 「織さまの覚も、随分と大きくなられたのですね。貴方はやっぱり、私と似ているみたい」 「……え」 「心に闇を飼っていなければ、覚は成長しません。貴方の覚は成長している。私、わかっていました。貴方なら、覚を立派に成長させることができるって」 「……詠?」  ふふ、と笑って詠が近付いてくる。彼女の侍らせている覚のあまりの禍々しさに、織の覚も少し怯えているようだ。彼女が近付いてくると、織の覚がびくりと小さく震えた。 「……大丈夫よ、織さま。私はなにもされていません。産まれた瞬間から、この覚たちはとても大きかったのです。私……貴方が思っているより、ずっとずっと、醜い人間だから」 「……詠、なんで、」 「貴方の覚がもっと大きくなるのを、待っています。もっともっと肥えさせて、どうしようもなくなって、壊れてしまってください。私、ぼろぼろの貴方がすがりついてくるのが、好きでしょうがないみたい。今までもずっと、そうだった」  冷たい、まるで死人のような詠の瞳に織は息を呑む。  最近の彼女はたしかにどこかおかしかったが……それはこうなってしまう予兆だったとでもいうのだろうか。  彼女の言葉が頭にはいってこない。今まで自分の側でほほえんでいた彼女が、本当はこんなことを考えていたのかと思うと、そう簡単には脳が受け入れようとはしなかった。 「玉桂さまの夜伽のお相手をするのでしょう? 楽しんできてくださいね」 「詠っ……」  去ってゆく詠の背中が、遠い。  目の前が真っ暗になる。もう、本当に自分の居場所がなくなってゆくような気がした。

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