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覚の章27

「……っ!」 ぶわ、と狐火が広がって、詠の侍らせる覚に向かってくる。詠の闇を大量に喰らった鬼は、当然のごとく詠を守るために詠の前に躍り出て――そして、狐火が直撃した。 狐火をまともに受けた覚の半身は大きく抉れ、目に見える致命傷を負ってしまう。白百合は巨大な鬼である覚を一撃でここまで傷つけたのだ。詠は驚いて白百合を見やったが――白百合は第二撃を放とうとしている。 「まっ……待って白百合さま……!」 「誰が待つものか! 妾の怒りはこんなものではないぞ!」 「ち、違うの白百合さま……こんなに大きな力を使ったら……本当に鬼になってしまいます……もう、おやめください、私のことなんて放っておいて……!」 「その戯れ言が腹立たしいと言っておるのだ! そなたは人間だろう、黙って妾についてこい!」 「きゃっ……」  第二波。今度こそそれは、覚を消滅させた。すさまじいほどの業火が覚を破壊したのである。  あまりの勢いに、詠は体の力が抜けたように、ぺたりと座り込んだ。残る覚は、後一匹。白百合ならばそれを撃破することも難しくないだろうが……しかし。 「し、白百合さま……だめよ、だめ……私なんかのために、鬼になんてならないで」 白百合の様子が、おかしい。 透き通るような深紅の瞳は赤黒く淀み、爪と牙が伸びて容姿が変貌してきている。鬼へ、近づいてしまっている。 きっと、もう一匹の覚を攻撃すれば、白百合確実に鬼へと変化してしまう。詠はそれを悟ったが……白百合が攻撃を止める気配がない。白百合は、もう鬼となるつもりなのだ。詠の鬼を殺すために、自らが鬼になる覚悟をしている。 「白百合さま……だめです……私に、貴女が心を捨てるほどの価値なんて、ないのです……」 詠の制止は、届いていないのだろう。このままでは白百合は鬼となる。 詠はどうしたらいいのかわからなくて、崩れ落ちるようにして泣いてしまった。どうしてここまで白百合がしてくれるのかが、理解できない。自分はあまりにも穢い人間で、そんな価値なんてないというのに。見捨てて欲しいのに、白百合はそれをしようとしない。 「もうやめてよ、白百合さま……! 私は、……私は……!」 「いい加減黙れ詠! そなたが自分を嫌いだというなら、言ってやる! 妾は、……妾は、詠のことは好いていたぞ!」 「えっ――」 はっと詠が顔をあげる。 その瞳に映ったのは、今にも狐火を放とうとしている白百合の姿。 「――っ」 ――そんなに、必死にならないでよ。私は人間らしい心なんて持っていない、最低の人間なのに。鬼の子って言葉が本当に似合う……怪物のように醜い女なのに。貴女のその言葉すらも、私にはもったいない。 「――嘘を、……嘘を言わないで! 私なんて鬼に生まれればよかったのよ、私なんて消えてしまえばよかったの、……うるさい、うるさいうるさい! もう私に近づくな、私のことなんて見ないで、私を嫌いと言って!!」 詠は頭が真っ白になって、金切り声で叫ぶ。その声に反応するようにして、覚が吠えた。空気を震わせるほどの大声で吠え――さらに、巨大化する。 「あっ……」 大きな音と共に。 白百合は、覚に思い切り殴られた。人の体よりも大きなその拳に殴られた白百合の体は吹っ飛び、近くに生えていた大木にたたきつけられてしまう。 「し、白百合さま……!」 さっと血の気が引く感覚を覚えて、詠は立ち上がった。嘘であってほしい――そう願いながら、白百合のもとへ近づいてゆく。 「……や、やだ……白百合さま……」 ぐったりと、倒れている白百合。おそるおそる詠がそばに寄れば――流れ出る、血。 詠は息を呑んで、がくりと腰を抜かしてしまった。後ろで、覚が吠えている。 「わ、私……」 震える手で白百合の頬に触れれば、白百合が薄く瞼をあけて詠を見上げた。まだ、生きている――それがわかった瞬間に、詠は大声をあげて泣き出してしまう。 「私、私……きたないの、きたないの……好きなんて、言わないで、……きたないの……」 白百合が力のない手で、詠の指を握る。 白百合が、「好き」と言ってくれた理由を考える。ここまでしてくれた理由を、考える。自分を卑下する言葉を吐けば吐くほどに白百合がつまらなそうな顔をするから……だから。 「私……」

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