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覚の章29
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「――す、鈴懸さま……!」
織を抱えて、鈴懸がしばらく走っていくと、詠と白百合に出くわした。どうやら彼女たちはなかなか屋敷から出てこない鈴懸を心配して中までやってきたらしい。
「お怪我は……ないみたいですね! 出口はこちらです、早く……!」
詠が織と鈴懸を見て安心したように笑うと、自分たちが来た道を指さした。鈴懸も、詠が正気を取り戻したことを確認し、安堵のため息をつく。
しかし――そんな安堵も束の間、詠と白百合はその場から動こうとしない。走ろうとする鈴懸を見送るようにして、ほほえんでいる。
「私たちはここで足止めをしていますから、鈴懸さまは早く織さまをお連れになって逃げてください」
「えっ、無理だろ、玉桂には絶対に勝てないぞ」
「足止めです、足止め。時間稼ぎをする程度です。私たちもすぐに逃げますから、早く」
「……、無理はすんなよ」
二人のことが心配でたまらなかったが、織を抱えている以上、立ち止まるわけにもいかない。鈴懸は後ろ髪を引かれる思いで、示された出口に向かって走りだした。
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