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千歳の章20

「織……はようあの女と身を固めんか……詠が喰われる」 「……はい?」  数度目となる、暦との逢引(というのは名目上であり、実際は千歳とすることになるのだが)。準備をしていた織に、突然白百合が話しかけてくる。聞けば、暦がこの屋敷に来る度に詠にちょっかいをかけてくるのだという。早く暦との結婚を決めるか、どうにかするか、とにかくだらだらと決断を先延ばしするなと白百合が訴えてきたのだ。  織はそれを言われて、ぐ、と息を呑んだ。こうして暦との婚約を取り決めるのを渋っているのは、もちろん、鈴懸のことがあるから。限界まで先送りにして、どうにかこの縁談がなかったことにできないかと考えていた。千歳の想いを汲めば、それがよくないことだとはわかっているのだが、織にはそれをどうすることもできず。 「どうせ断るつもりもないんだろう。それなら、さっさと結婚してしまえばいい。残念だったなあ、鈴懸が人間ならば駆け落ちという手もあったのに」 「……逃げる、つもりはない」 「今のおまえがしていることは逃げとなにが違うんだ」 「……」  白百合の指摘に、織は黙りこんでしまった。全くのそのとおりだからだ。鈴懸との別れが決まってしまう恐怖から、結婚を先延ばしにすることによって逃げている。駆け落ちするのと、やっていることは何も変わらない。 「……じゃあ、逃げないって、どういうことですか」 「……。自分で考えろ」  自分のしていることが、良いことではない、それくらいは織にも理解できた。しかし、それならどうすることが正解なのか、それはわからない。心を殺して有栖川との縁談にのることなのか、それとも。 「……そうですよね。すみません」  雁字搦め。せっかく、幸せを掴んだと思ったのに、なぜこんなことになってしまったのだろう。  織は自分の運命を呪った。虚ろに地面を見つめる織を、白百合が黙って見上げていた。

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