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千歳の章35
「あら織さま。なんだかとても男前になりましたね」
縁談の話がなくなってから初めて碓氷家を訪れた暦は、更に美しさを上げていた。出会い頭に彼女はふんっと勝ち気な笑顔を顔に浮かべてきたものだから、織もたじたじになってしまう。
「……そちらの方が、鈴懸様? とても麗しい神様ですわ。初めまして、私、有栖川 暦です」
「――俺が見えるのか」
「私は千歳といつも一緒にいるので……普通の人よりは霊力が高いみたいですよ」
「なるほどな」
暦は織の隣に居た鈴懸を見つめて、恭しく頭を下げた。鈴懸は彼女のことは特に害のない娘ということで特に気に留めなかったが、それよりも後ろに立っている千歳のほうが気になっていた。彼は非常に立派な薔薇の花束を持って、堂々と立っている。
呪いを解いたせいだろうか、以前とは見違えるような表情をしていた千歳に、鈴懸は思わず警戒心を抱いてしまった。ふっきれた臆病者は恐ろしい。
「碓氷と有栖川の親交が益々深まっていくことを心からお祈りしておりますわ――なんて言ってはおきますけど、私、織さまと鈴懸様のこと、穏やかに見守っていくつもりは微塵もございませんの」
「――はっ」
「織さまが自らの誇りを守り通して、私との縁談を断り鈴懸様との未来を選んだことは、素晴らしいことだと思いますわ。惚れ直しました。けれど、私は最終的には千歳の味方ですので、」
にこにこと微笑んでいる暦。彼女を横切って、千歳は織の前まで躍り出る。そして――バッと勢い良く薔薇の花束を突き出した。
「織――俺はおまえの幸せを願っている。だから……俺の手で幸せにしてやりたい。竜神よりも、俺のほうがいいっていつか思わせてやりたい。この花を受け取ってくれ、織。おまえが好きだ」
「……っ、」
「私、千歳のことを全力で押していきますわ! ――私の、誇りとして!」
織はあんぐりと口を開けながら、薔薇の花束を受け取った。千歳と鈴懸の二人に抱かれた後に意識が飛んでいた織には、千歳にどんな心境の変化があったのか、知らない。突然の変貌にただただ驚くばかりで、事態についていけていない。
そして鈴懸も、ギョッとしたような顔をしながら暦と千歳の二人を交互に見比べていた。暦に害がないなんて一瞬でも思ってしまった自分を殴りたい。この女は恐ろしい。
ようやく落ち着いたかと思われた織と鈴懸の恋に、新たな風が吹いてくる。心が波打つことに織は慣れていなかったが――この小さな嵐は、不思議と悪いものには感じなかった。
千歳の章 了
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