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白百合の章20

 櫨と生活していくなかで、僕は彼と共に外に出て歩くことも少なくなかった。買い物なんかはほとんど櫨がやってきてくれるのだが、僕が家に引きこもってばかりいるのもよくないと、櫨が連れ出してくれるのだ。僕としては、他人には虐げられた記憶しかないから、あまり外には出たくなかったのだが、まぶしい笑顔で誘われてしまっては断れない。  主な外出先は、食料や日常品が売っている市場である。僕はあまり他人に顔を見られたくなかったから、頭から布を被って櫨の陰に隠れるようにして歩いていた。 「おや、櫨さん。お隣の人、とてもきれいだね。友達かい?」 「ああ、友達……といっていいのだろうか。まあ、仲は良いぞ」  かろうじて顔だけが見える格好をしているからだろうか、人々は僕が悪名高い怪物だと気付いていないようだった。それ以前に、僕の噂など人々の間から消えてしまったのかもしれないが。僕は櫨のもとへ居候をするようになってから、鬼を殺していない。 「こいつは、市場で買い物をすることにあまり慣れていないのだ。なにか、おすすめの食べ物はないだろうか」 「ほお、箱入りかい? そんな感じがするねえ、上品な顔だ。はは、それなら、柿でもどうだい。今が旬だよ」  その日、始めに行った店では柿を購入した。僕は、柿を食べるのは初めてだった。櫨のもとに住むようになる以前の僕の主食と言えば、殺した鬼の肉だったから。堅くて生臭い肉ばかり食べていたから、こういった果物を食べたりすることはない。 市場をまわりながら、僕は櫨に買ってもらった柿を齧っていた。上品な甘さがあって、細胞にじんとしみていくような優しい味がする。こんなにおいしいものがこの世にあったなんて、とびっくりした。  市場を一周して、櫨はぽつぽつといろんなものを購入していた。ただ、櫨が買ったものを見てみると、そう必要なものには思えない。店員とやりとりをしていて、その場の雰囲気でなんとなく買ってしまった……そういうものがほとんどである。 「櫨。なぜ、僕をここに連れてきた」  わざわざ僕をここに連れてきてまで市場に赴く必要はあったのだろうか。そう思って、僕は思ったままに櫨に尋ねる。柿を食べることができたのはよかったが、慣れない町を歩き回って、僕は非常に疲れてしまった。 「気分転換だ」 「気分転換……?」 「おまえのな」 「……?」  櫨は疑問をあらわにする僕に、いつもの優しい笑顔で答える。彼の言った言葉の意味が理解できない僕は、「はあ?」と冷たく言い放ってしまったが、そんな冷たい言葉の刃は櫨には刺さらない。 「おまえは、ほとんど家から出たがらない。人目が怖いのだろう。そういうお前を見ていると、俺はなんとなく辛くてな」 「……余計なお世話にもほどがあるね。人目が怖いんじゃない、鬱陶しいんだ。そろいもそろって、ほかのやつらは僕のことを化け物だと言うからね」 「今日は一度も言われていないだろう?」 「……それは、こうして布を被っているから……」 「そうだろうか。おまえ自身がおそらく一番嫌いな、顔は丸出しじゃないか。布は関係ないと思うぞ?」 「……」  櫨の言わんとしてうることがわからず、僕は苛々としてきてしまう。じっ、と彼を見上げれば、櫨が突然――僕に顔を近づけてきた。 「おまえは、美しいのだ。おまえが化け物だと言われていたのは、心が荒れていたからだろう。でも、今のおまえは……ただただ、美しい。皆、今のおまえに惹かれているのだ。おまえは変わったぞ」 「……よくも、そんなこっ恥ずかしいことをぺらぺらと」  櫨は、とても友人に言うような言葉とは思えないことを僕に言ってきた。美しいを連呼されては、さすがに僕も恥ずかしくなってしまって、櫨から目を逸らしてしまう。    けれど、櫨の言葉は嬉しかった。他人から蔑まれるばかりの人生を送ってきた僕は、美しいと言われてうれしかった。言われたことがなかったのだ。常に周囲の鬼たちを敵だと思い込み、警戒ばかりしていた僕は、常に修羅のような顔をしていただろうから。  櫨との生活は、確実に僕を変えていた。今まで、僕の世界は「僕」と「敵」だけで構成されていたが――それが、変わった。「僕」と「櫨」と、それから出会った人たちそれぞれ。世界が、少しだけ色づいて見えてきた。 「また、一緒に市場にこようではないか。俺は、おまえと外に出ると楽しい」 「……あっそ。櫨がついてこいと言うなら、ついていくけど」 「次は葡萄を買おう。葡萄もうまいぞ」 「……ふうん」  楽しそうに笑う櫨の横を、歩く。しゃれこうべを足蹴に生きてきた、今までの人生が嘘のようだ。  ああ、僕は生きているのだと、彼の隣で実感した。

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