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白百合の章19

「何を思って僕をここに置いてくれているのかは知らないけれど、ちょっと警戒心が足りないんじゃない? 寝首を掻かれるかもしれないのに」 「殺されたらそれはそれでいい。ただ俺は、ちょっと家事手伝いをしてくれる奴が欲しくてな」 「……女にでも頼めよ。なぜ、僕に」 「女はだめだ。なにせ、俺のこの顔を恐れて近づいてこない」    櫨は、皆に好かれているようだった。僕の二倍近くある身長、筋肉で盛り上がった手足、強面の顔……見た目こそは鬼そのもので恐ろしいものだったが、心は優しかった。交流関係も広いらしく、彼のもとには色んな人が訪れる。ただ、彼の言う通り女性はあまり近づいてこなかった。  女性と関係を持たないという櫨は、拾った僕に身の回りの世話をやらせてきた。行くあてもなく、放浪するばかりであった僕は、きちんとした寝床が確保できることから彼の申し出を引き受けたが、依然としてなぜ彼が僕にそんなことをやらせようとしたのかがわからなかった。僕は、生まれてからずっと疎まれてきたはぐれものの鬼だ。こんな僕を傍に置いて、彼にとっていいことなんてないはずなのに。 「……吾亦紅は、」 「?」 「刀を振り回しているよりも、厨房にたって包丁を使っている姿のほうが似合うなあ」 「……男にその言葉を言うのは、侮辱になるのでは?」 「そうだろうか。すまない。ただ俺は、おまえの料理している後ろ姿が好きでなあ」 「……女に免疫のない奴は、言うことが幼稚で呆れる」 「ははっ、ひどい言われようだ」  けれど、僕は彼との生活をいつの間にか日常として受け入れていた。彼のために部屋の掃除をすることも、料理をすることも、あたりまえのことのように感じていた。何より、彼と過ごす時間は心地よかった。もう何百年と知らなかった寒くない夜が、胸にしみ込むようだった。  

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