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白百合の章18

――――― ――― ――  鬼とは、人間の邪念が命を宿してしまったもの。その姿は醜く、そしておぞましい。鬼は、いつの時代も畏怖の対象であった。    僕は、鬼としては少し変わっていた。見た目は人間に限りなく近く、そして力が異常に強かった。原因はわからない。きっと、僕のもととなった人間が、変わった死に方でもしたのだと思う。それは、どうでもいいのだ。ただそのせいで僕は――人間からも、そして鬼からも嫌悪されていた。どちらとも交わることなく、天涯孤独の身であった。  生きていることが、辛かった。周囲の者からは迫害され、常に冷たい眼差しを向けられて、誰一人僕と言葉を交わそうとしない。話しかけようとすれば、突然殴りかかられることが常であった。  鬼が死ぬ方法は、限られている。地獄の禁を犯し、極刑をうけること。それだけだ。生きることに疲れた僕は、どうにかして極刑になろうとしたが、それは上手くいかなかった。たとえば、何匹もの鬼を殺害すれば極刑になるのだが、そこまでの鬼を殺す前につかまって、拷問を受けてしまった。釈放されてから、今度こそ大量に鬼を殺そうと目論んだのだが、それも失敗。収容、拷問、釈放……この流れを僕は何度繰り返したのだろう。いつの間にか時の感覚すらも失っていたが、おそらく、五百年ほど続けていたかもしれない。  15回目の拷問から解放されて、また僕は地獄の外れで鬼を狩っていた。その頃の僕は、地獄でも有名な化け物として名が通り始めていた。鬼を喰っては嗤う、怪物――そう言われていた。きっと、その言葉は揶揄でもなんでもない、事実なのだろう。僕は知らずのうちに鬼を殺すことに快感を覚え始めていたし、嗤っていたかもしれない。感情という感情は、すっかり壊れてしまっていた。  だから、そんな僕に声をかけてきた者がいたということに、驚いてしまった。鬼の死骸の山の頂上で、のんきに肉を齧る僕に、奴は話しかけてきたのだ。 『――そんなところで何をやっている』 『……は? 殺されたいの? 僕に話しかけるなよ』 『そこに居座られると、邪魔なんだ。ここを掃除したいのだが』 『……掃除?』 『掃除当番なのだ。ここも、掃除せねばいけない』 『……』  ――それが、櫨と僕の出逢いだった。  僕が振り向いて奴を見下ろせば、奴は言った。 『なんだ、恐ろしい鬼だと聞いていたが、美しい顔をしているじゃないか。吾亦紅』

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