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白百合の章17
「だーんな。今日はいいお酒持ってきたよ。一緒に飲もう」
「……どうしたんだ吾亦紅。めずらしい」
ここ連日、吾亦紅は夜になると玉桂のもとを訪れていた。さすがに玉桂も慣れてしまったようで、最近は吾亦紅を拒絶することもない。あきれたように溜息をついたあと、用意してあったお猪口を吾亦紅に手渡した。
吾亦紅はにこにこと笑いながら、玉桂の分も一緒に酒を注ぐ。そんな彼を見つめる玉桂の目には、猜疑の色が浮かんでいた。
「君、今までこんなに頻繁に私のところへくることはなかっただろう。どうしたんだ」
「え~? 旦那には色々お世話になったでしょ。死ぬ前にいっぱい話しておきたいなあ~って」
「……死ぬってなんだ」
「うーん? ほら、これから僕、地獄の禁を犯す予定だし、極刑が下されるからね」
「……禁って……織を殺すってことだろう。……なぜ、そこまでして織を殺す? 咲耶がそんなにも憎いのか?」
「……ああ、憎い。茹った血の池に落とすくらいじゃあ、全身に針を突き刺すくらいじゃあ、全然足りないくらい憎い。俺の手で、惨殺する。あいつは絶対に許さない」
――玉桂は、昔から、彼を知っていた。
吾亦紅は、こんなにも他人にべたべたとはしなかったし、なにより誰かに殺意を覚えるほどの憎悪を抱くような男ではなかった。そのため、玉桂は彼のこの変わりように驚いていたのである。そして、どことなく心配していた。
「それに――……うつしよは、地獄。生きていたって苦しいだけ。いっそのこと、首を跳ねられて死んだ方がいいと思うんだ」
玉桂は、お猪口に口を付ける吾亦紅の横顔を見つめる。
今宵の月は美しいというのに、夜空を見上げることのない吾亦紅。そんな彼と酒を飲んでも、せっかくの上物のそれを美味しく感じることはなかった。
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