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白百合の章16

「――白百合さま! 白百合さま、大丈夫ですか!?」 「――……、」    ふ、と現実に引き戻された白百合は、目の前にどんとあった詠の顔に驚いて小さく悲鳴をあげた。どうやら白百合は、ほんの少しの間眠っていたらしい。詠は大層心配したのだろう、白百合が目を覚ました瞬間にがくんと脱力したように座り込む。   「白百合さま……どうしたんですか、急に」 「……いや」  ――今、自分の身に何が起こったのか。    それを、白百合はなんとなくではあったが悟った。この鳥居にしみ込んだ咲耶の念に、強く共鳴してしまったのである。   「咲耶も……鈴懸のことを知っていたのか」 「えっ、そうなんですか? もしかして、今、何かをみていたんですか?」」 「ふむ……鳥居がここにきてからの、咲耶の念を感じていた……ような気がする。まあ、咲耶が鈴懸を知っていたとして、それが、何かに繋がるのかはわからないが。織が鈴懸と結ばれたことに、関係あるのか」 「……え~、でも……鈴懸さまはあくまで織さまのことをお好きなんでしょう? あの二人の想いに、呪いの因果があるなんて考えたくないです」 「それは百も承知。たしかに鈴懸は他の妖怪のように織のことを咲耶として好きになったわけではない。呪いに囚われて織のことを愛しているわけではないだろう。ただ、妾が言っているのはそういうことではなくて……」 「そういうことではなくて?」  白百合は、一瞬見た、咲耶の視点から見た過去の鈴懸を思い出す。  優しい神様。小さな明澄神社を見守る、美しき龍神。彼は――咲耶にとって、地獄に光る一本の蜘蛛の糸のような男だった。絶望に生きて絶望に死んだ咲耶は、鈴懸に光を見たのである。もしももっと早く彼に出逢えていたら、世界を呪わずにすんだのではないかと。彼に救ってもらえたのなら、幸せになれたかもしれないのに、と。  咲耶は届かない声で鈴懸に助けを求めていた。呪いに染まってしまった魂に喘ぎながら。 「あの二人は、たしかに自らの意思で、自らの魂で、愛し合っている。そこに、呪いも別人の魂も介入などしていない。ただ――……この場所であの二人が出逢ったことに運命を感じてしまうのは、なぜだろうなと……そう思ったのだ」 「……二人の出逢いに運命を、ですか。……そこにあるのは、希望ですか、絶望ですか?」 「――……」  咲耶の絶望と、そして今の織が歩む明るい未来への道を、比べてみる。  咲耶の生まれ変わりである織が幸せになるということ。それがまるで運命だとでもいうように、この場所から始まった。そこにあるのが希望か絶望かなんて、悩むような答えではない。しかし――白百合は、言葉に詰まる。 「……憎い質問をするではないか、詠」 「えっ?」  願っていたことだ、咲耶が救われることは。  それなのに――素直に喜べない。  だって――咲耶は、妾が救いたかった。 「……し、白百合さま」 「……なんだ」 「な、なにか……音が聞こえませんか?」 「音?」 「ほら……からからからからって。かざぐるまが廻るような音」 「……? いや、しないぞ?」  複雑そうな顔を浮かべる、白百合。てっきり、白百合が織と咲耶の魂の幸せを祝福するものだとばかり思っていた詠は、驚いてしまった。  そして、突如として詠にのみ聞こえてきたかざぐるまの音。 「……白百合さま。帰りましょう。もう、白百合さまはこの神社にこないほうがいいです」 「な、なにをいっておる! ここにこなければ、吾亦紅から逃げる方法が……」 「このままだと、白百合さまが取り憑かれます」 「な……何にだ」  かざぐるまの音は、どこから聞こえてくる。  それを悟った瞬間に、詠は白百合の抱えるものに気付いてしまった。そして、――哀しくなった。 「――貴女自身にです」  かざぐるまの音は――白百合のなかから、聞こえてきた。

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