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白百合の章23

「ほう、キミ、閻魔大王の使いになるつもりか。それはまた大変になるなあ」 「まあな。応援しておいてくれや、旦那」  酒を酌み交わす二人の男。櫨と、玉桂である。二人は従来より友人であり、時折こうして酒を酌み交わす仲らしい。  しかし、今日はいつもと顔ぶれが違う。櫨に連れられて、僕も来ていた。僕は二人の邪魔にならないようにと少し下がったところで二人を眺めていたが、そんな僕が気になったらしい玉桂が、お猪口を渡してくる。 「吾亦紅、遠慮をするな。こっちへこい」 「……は」 「……おい、櫨。こいつガチガチだぞ。なんでこんなに緊張しているんだ」  僕は素直に玉桂からお猪口を受け取りながらも、顔をこわばらせっぱなしだった。「吾亦紅は出会ったころと比べてだいぶ穏やかになった」と櫨から聞いていた玉桂は、聞いていた話と違うと首を傾げている。  しかし、僕がこうして緊張している理由くらい悟ってほしい。玉桂も知らないわけではないだろう。しかし玉桂はいつまでもその理由に気付くことなく、なんだなんだと首をかしげている。 「それは旦那、俺が吾亦紅ここに連れてきた理由を思い出せ。緊張して当然だろう!」 「……ふっ、なんだ。初心なのだな、吾亦紅」  ――櫨が僕を玉桂のもとへ連れてきた理由は、こうである。僕たちは初めて性交をしたときから数か月経っていたが、未だに最後まではできていない。それもこれも、櫨の一物が大きすぎるからである。あまりに太く長いそれは、人間とそう変わらない体型の僕にははいらなかったのだ。そこで、櫨は玉桂の淫術を頼ることにした。玉桂の淫術は性的興奮を煽るだけでなく、体を性的行為をするに相応しいものに変えることができる。つまり、僕に淫術を使えば、やがて櫨の巨大な一物も最後まで入るようになるだろうと考えたのだった。……僕としては、少々不本意であるが。  今まで、僕は指や張形などでは何度もなかをいじられている。しかし、とうとう櫨のすさまじい一物を挿入されるのかと考える僕の気持ちは、言うまでもなく。 「そう怖がるでない。君を待っているのは、極上の快楽だ。大丈夫、痛くないぞ。櫨のたくましい肉棒は、キミのことを狂わせてくれるだろう」 「あ、あの……」 「それにしても……吾亦紅、キミは随分と美しいな。私が欲しくなってしまうくらいだ。初めて見たよ、こんなにも美しいひとは」  玉桂は僕の顔を掴むと、じっとその瞳を覗き込んだ。そして、うっそりと微笑みながら甘い声で囁く。  これで――大抵の者は淫術にかかるらしい。目を合わせれば体が火照っていき、そしてそのまま下腹部が震えだし、洪水のような愛液を垂れ流し……そして、「いけ」と命じた瞬間に絶頂に昇りつめる。そうすれば、もうその者は快楽を享受するだけの肉の塊でしかなくなる。なにをしても涎を垂れ流しながら悦び、肉棒を二本でも三本でも呑み込めるようになる。……そんな淫術なのだが。かけてもかけても、僕の体調は変わらない。むしろ見つめられれば見つめられるほど、玉桂の視線に不快感を覚えて、背筋が寒くなってゆく。 「……おい、櫨。こいつ、我が淫術にかかる様子がないのだが」 「……ふむ。吾亦紅はそこいらの鬼とは違うからな。力が凄まじいのだ」 「そんなにか。私の妖術を拒めるほどだと?」 「さあて。月喰いと異名がついていたくらいだ。倒した鬼の山の頂で大あくびをする様子が、月を喰らわんとするように見えたのだとか。相当なものなのだろう」 「……はあ~。月喰い、な。それは異名だけにとどまらないかもしれぬ。こやつの体には、月の力が宿ってしまったのかもしれぬぞ。月光は侮れない。鬼の死骸からでてくる瘴気と月光が混じって、吾亦紅の体にはとんでもない力が宿ってしまっているのかもしれん」 「……またとんでもないことに。それが本当なのかどうかはまあどうでもいいとして、このままだと妖術が吾亦紅には効かないのではないか?」  ……どうやら、僕には妖術の類が効かないらしい。そのような相手と初めて出会ったらしい玉桂は素直に驚いていた。 「……まあ、仕方ない。私が調合した媚薬をやろう。妖術が効かなくとも、それならばきっと効果がある」  結局、玉桂は僕に妖術をかけるのをあきらめたようだった。狙った相手を必ず堕とすを信条としている玉桂にとっては少々納得のいかない結果のようだが、仕方ない。  そうして事は上手く運びそうだった。ただ――自分の性事情について第三者があれやそれやとしているのが恥ずかしくて、僕は終始黙り込んでいた。

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