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白百合の章31

「あまり無理をなさるな。お腹の子に響くよ」  爽やかな夏風を浴びながら、僕は縁側で語学の本を読んでいた。そんな僕に声をかけてきたのは、狐のユヅハだ。彼女は玉桂の側室である月の狐である。ところてんと麦湯を僕に差し出して、隣に座ってくる。 「体に変化はあるのかい? 吾亦紅さんは男だから、女が身ごもるのとはわけが違うだろう?」 「うーん……そうだね。言葉にするのは難しいけれど、ちょっと体調が変わったかもしれない」 「そうだろうね。もともとおまえさんの体は子どもをつくれる体じゃないんだから、負担はかなりかかるはずだよ。いくら神と結婚したとしてもね」  僕は、櫨と婚姻の儀を交わしてからしばらくして、子どもを身ごもった。神となった櫨と結婚すれば子どもを産めるようになるとは知っていたけれど、本当に産めるとはどこかで信じていなかったんだと思う。僕の体が命を宿したと聞いたときには、ひどく驚いた。  櫨は、やはり日中は忙しい。夜には帰ってくるように努めているようだが、やはりどうしても忙しい。僕は玉桂の屋敷に住まうことになり、月の狐たちに面倒を見てもらっていた。 「まあ、体を大切にするんだね。元気な赤ちゃんを産めるようにね」 「うん。ありがとう、ユヅハ」  子どもが産まれるまでに、長く時間がかかる。慣れぬ体調の変化に毎日が平凡に過ごせるとは言い切ることはできないが、毎日が楽しい。愛する人との間にできた子どもが僕のおなかにいるのだと思うと、ただ起きて縁側で庭を眺めていることだけで幸せを感じる。  ユヅハが持ってきてくれたところてんに口をつける。涼やかな気分の体に、気持ちよく滑り込んでくる。ああ、これからもこんな穏やかない日々が続くのだろうか――そう思うと、自然と頬が緩んでいった。

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