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白百合の章58
白百合にかざぐるまを渡したいのだと――そう言った咲耶は、きっと人間だった。鬼になり果てた彼女の中で、わずかばかり生きていた、人間としての咲耶だった。僕はそれを感じていたからこそ、彼女の運命の残酷さを改めて知ったのだった。
咲耶は、白百合に会うことができなかった。咲耶の中の「愛」が、本来の「愛」とかけ離れてゆく。穢れてゆく。そうなればそうなるほどに、咲耶は白百合へ後ろめたさを感じたのか、白百合を避けるようになっていた。かざぐるまを渡したかったのに。そんな純粋な気持ちすらも、自ら疑うようになって。
――咲耶は、玉桂と婚約してしまった。
「私、嬉しいです。貴方と結婚できて、嬉しいです。貴方は私を愛してくれる。とても、愛してくれる。「たとえ呪いだとしても、愛している事実は変わらない」って、そう言ってくれた。ええ、そうね。私は愛されたかった。愛されたことがなかったから、愛されてみたかった。誰かに愛されてみたかった。だから、貴方の言葉がとても嬉しい。嬉しいの。ねえ、玉桂様、教えて。私……どうして泣いているのでしょう。どうしてこんなに哀しいんでしょう。玉桂様、ねえ、玉桂様。私、幸せなはずなのに……どうしてこんなに哀しいの。愛ってなんですか。私が欲しかった愛ってなんですか。ねえ、玉桂様。私――誰か、大切な人を――愛して、そして、愛されてみたかった。そんな私を、好きになりたかった。私自身を――愛したかった」
「私は間違っていたのか」――そう言った玉桂に、僕は言う。
「いいや、僕にそれはわからない。旦那の愛が正解なのか間違いなのか……それがわかるのは、旦那自身だけだよ」
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