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白百合の章59

 咲耶が白百合にかざぐるまを渡せるのは、いつになるのだろう。玉桂から咲耶の話をたびたび聞きながら、僕はその時を待っていた。  咲耶が玉桂と結婚したのは……必然だったように思う。咲耶は白百合を愛した時から、壊れゆくことが決まっていたのだ。数えきれないほどの罪を犯した咲耶にとって、知ってしまった本当の愛は死に至らしめる毒に過ぎなかった。自分自身を責めるその苦痛から逃れるための方法として、玉桂との結婚は最適なものに思える。ただそれが、彼女を救う方法だったのかと言えばそうではない。……いや、彼女を救う方法なんてきっとなかった。 『誰かのことを好きになるのって、怖いのね。かざぐるまを作るだけでも、緊張しておかしくなってしまいそうになるわ。白百合はこれを受け取ってくれるかしら。私なんかがつくったこれを、喜んでくれるかしら。ねえ、玉桂様、どう? このかざぐるま、綺麗にできている? ……適当に頷いていませんか? 私、本気でおたずねしているのですよ。ちょっと形がおかしくないかしら……』 『渡すときには、どのようにして渡せばいいかしら。え? 普通に渡せばいいって? それでいいならわざわざ玉桂様におたずねしないわ。お花と一緒に? ああ、それは素敵ですね!』 『嫉妬しているのですか? ふふ、私、玉桂様のこと愛していますよ。……嘘じゃないです、そんな顔をしないでください。ただ白百合は……特別なの。友達なんです。たった一人の、私の、友達』  咲耶が白百合へのかざぐるまを作っている様子は、まるで初めて恋をした少女のようなものだったらしい。悩み、苦しみ、それでもどこか楽しそうに――かざぐるまを作っているときだけ、咲耶は様々な表情をみせたのだという。  だから、最期の最期で、僕は彼女に少しだけ同情してしまった。  彼女の命の灯が消えかかっていると気付き、僕が彼女のもとへ向かったときには――彼女は、血の海に沈んでいた。 「咲耶……なぜ、……咲耶」  喉笛を掻っ切られて、倒れている咲耶。そして……そこに寄り添う、白百合。  僕は何が起こっているのかわからず、混乱した。きっと咲耶は、ようやく出来たかざぐるまを白百合に渡そうとして……。事の顛末を白百合の記憶から引きずり出そうとしたが、その前にあるものが目に入って、思わず僕はそれに見入ってしまった。  咲耶の手元にある――かざぐるま。いつか白百合と共に名を覚えた花を束ねた、その中に。心臓のように真っ赤なかざぐるまが廻っている。あれが、咲耶が白百合に渡そうと思っていたかざぐるまなのだろう。しかし、渡すことなく――咲耶は、 『咲耶。神と結婚すれば、永遠の命を得られるだろう。しかしそれは――其方にとって、地獄となる。止めることのできない呪いに永遠に蝕まれ、其方の心は本当に壊れてしまう。きっと……妾との、あの日々も忘れてしまう』 『……それは、そうかもしれないわね。私を愛してくれた妖怪たちの想いが、ずっと、ずっと私にからまっている。私をどんどんきつく締め付けてくるわ。でも……それでいいの。私、貴女のこと……忘れたい』 『……な、なぜ。なぜ、そんなことを言うのだ、咲耶……妾のことが、嫌いか』 『いいえ……好きです。大好きです。ほんとうに……好きなの。だから、忘れたいの。苦しいわ、白百合……貴女のことを考えると、胸が苦しい』 『わ、……妾も、咲耶のことを好いておる。だから……其方が忘れても、何度でも妾のことを思い出させてやる。忘れたいなどと、言わないでくれ。苦しくても、妾のことを好いていてくれ。咲耶――妾は、其方のことを愛している』 『……白百合。もう……だめよ。私は、もう……だめ。ずるいのね、白百合。貴女から愛してるなんて言われたら……貴女に未練を感じちゃうでしょ。でも、もうさよなら。私は私自身が生んだ呪いには、勝てないわ。ねえ、白百合』  咲耶がかざぐるまを白百合に差し出し、口を開き――その瞬間に白百合は、 『愛しているわ』  ――殺した。咲耶は、白百合に殺されたのだ。 「……っ、あぁあああぁああああ」  白百合は、咲耶の亡骸に顔を伏せながら壊れたような声をあげていた。白百合の咲耶への想いは――美しいものではない。「永遠の命は咲耶にとって不幸をもたらす」、そう白百合は咲耶へ説得していたが。今も、心の中でそう理由をつけているだろうが。「咲耶のため」と自分自身に言い聞かせているだろが――違う。  白百合は、咲耶を自分だけのものにしたかった。自分のことを忘れてしまう咲耶を恐れて――咲耶を、殺してしまったのだ。  決別と、そして愛が込められたかざぐるまを受け取る勇気もなかった白百合。自分自身の醜さに打ちひしがれ、慟哭している。  からからと廻るかざぐるまが、哀しく歌っている。

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