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白百合の章63
「……白百合さま、入りますよ」
鈴懸と織との話を終えた詠は、白百合が引きこもる自室へ戻った。白百合は詠の呼びかけに反応することなく、ベッドの上でうずくまっている。
詠は白百合の傍らに腰を下ろすと、そっとその哀しそうな顔を見下ろした。細いさらさらとした髪を散らして横たわる彼女は、虚ろな目をぽかんと浮かべている。
「白百合さま……どう、しましょうか。まだ、鈴懸さまと織さまにはあのことをお話していないのです」
「……なぜ、話さなかった」
「それは……」
「……話せばよかった。このかざぐるまは、どうにかせねばならぬ。……体を交えることができぬのなら、妾を殺せばよいだろう。咲耶を呪う妾さえ消えれば、きっと……織も救われるだろうに」
「……それが、いやだから……言いませんでした」
最後のかざぐるまは、白百合の心の中にある。いままで通り体を重ねることによってかざぐるまを消すことができないのなら、残る手段はそのかざぐるまを保有する白百合をこの世から消してしまうというものだった。鈴懸と織がその手段を受け入れるとは到底思えなかったが、それでも詠はその事実を言いだすことができなかったのだ。
白百合は切なげに俯く詠を見上げると、する、とその手に触れた。ぴくりと身じろいだ詠は、「白百合さま?」と震えた声でその名を呼ぶ。
「詠……妾のことが、恐ろしくないのか。一人の人間に呪いのような情念を向け、挙句邪神となり果てた妾のことが。疾く、殺してしまうのが得策だと思わないのか」
「……そんなこと、なぜ思いましょうか。だって、白百合さまは……ただの、少女ではありませんか。一人の人間を愛することの、何が悪いと言うのです。貴女はただ……咲耶さんのことを、深く、……深く、愛しただけだったのに。それが、呪いという形でこの世にあらわれたことが、私は哀しくて仕方ない……!」
「お人よしめ。きれいごとを言うでない。行き過ぎた想いは、呪いと言ってよいのだ。呪いへと堕ちるような愛など、尊んでよいものではない」
「……、いいえ、……いいえ、いいえ! だって私はわかるもの! 昏くて、熱い、その想いを私は知っているもの……!」
「……詠?」
詠が拗ねたような顔をして、白百合の手首を掴んだ。白百合はさすがにぎょっとして、体を起こす。
詠はぎゅっと唇を噛みながら、瞳に涙をためていた。白百合がその瞳を覗けば、詠はたまらずぼろぼろと涙を流す。
「私も……私も、白百合さまに同じような想いを抱いています。ずっと、貴女さまと一緒にいたいです、私のことをずっと覚えていて欲しいです、――……貴女に想われている咲耶さんが、恨めしい! 貴女にとっての、一番の友人でいたいのよ。そんな私の気持ちも……蔑むべきものだと、思いますか?」
「……っ、詠、」
「これは、私にとって大切な気持ちなんです。だから……白百合さまの想いは、絶対に否定しない。貴女の想いは……きっと、救ってみせる……だって、私、貴女のことが好きだもの」
詠が声をあげて泣き始めた。白百合を、掻き抱いた。白百合は戸惑って、抱きしめ返すこともできずただ黙り込む。
確かに――咲耶への想いは、純粋なものだったのだ。それが、いつしか炎のような情念へと変質し、そしてかざぐるまという呪いになってしまった。もしも、あの純粋だった想いが救われるのなら、救いたい。だって、咲耶との思い出は――大切なものだったから。それが、呪いとなるなんて、……あまりにも、切ない。
白百合はゆっくりと詠の背に手を回す。詠が自分に向けてくる感情を、いやしいだなんて感じない。まっすぐで、愛らしいと思う。そうだ、ひとが持つ想いは、美しいものだ。詠を見ていると、そう思う。
「……妾も、……其方のことが、好きだ。ああ、そうか……はじまりは……それだけだったんだな」
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