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白百合の章69

 冷たい空気がただよう、ある日の朝。2人の少女が花摘みをしていた。 「この花はツワブキという。この花の名を教えたとき、丁度紅葉が美しくてな。花摘みをしながら、紅葉狩りもしたものだ。紅葉の裏に虫がついていてな、咲耶が悲鳴をあげたことをおぼえておる」 「この花はリンドウだ。咲耶はこの花が好きでな。見つけるたびに『リンドウ、リンドウ』と嬉しそうに呟いておった。その様子が小さな童のようで、面白かった』  花をひとつひとつ摘みながら、白百合が咲耶との思い出を語る。その様子を、詠は黙って聞いていた。  白百合は静かに微笑んでいた。もう――彼女のなかに、かざぐるまはないのだろうか。風に拭かれて靡く髪の毛は、穏やかに揺らいでいる。  摘んだ花で花束を作ると、二人は明澄神社へ向かった。明澄神社の鳥居は、咲耶の墓のようなものだ。鈴懸にとっては存ぜぬ話だろうが。  石段を、ゆっくりと登る。白百合は、石段を見下ろすようにして足を踏みしめていた。一段、一段……登っていくたびに、脳裏に咲耶との思い出が蘇る。 「白百合様から見て、咲耶さんはどんなひとだったんですか?」 「……少女だった。ただのな。どこにでもいる少女だったのだ」  最後の石段にたどり着くと、はた、と白百合が立ち止まった。しばらく白百合は黙り込んでいたが、やがて顔をあげて、鳥居を仰ぎ見る。  そして、白百合は――花束を鳥居に向かって放り投げた。 「白百合様――!」  そのとき、風が吹きすさぶ。ふわ、と花は舞って……風吹かれてゆく。  朝日が昇る。  花が舞うなか、白百合は朝日を眺め――呟いた。 「達者でな、咲耶。其方も、妾も……新しい道を歩むのだ。いつか、また会おう」  ぶわ、と風が吹く。最後にアヤメがひらりと風のなかを踊っていき……ふ、と白百合の唇に触れる。  カラカラカラカラ。  どこからか音が聞こえてきた。しかし、やがてその音は――静かに消えてゆく。  白百合は髪の毛を靡かせながら、詠を見つめた。朝日に照らされた金糸の髪がきらきらと輝いている。  ――彼女の瞳に、涙が輝いている。 「さあ、行こう。詠。一緒に帰ろう」  白百合は微笑んで、詠に手を差し出した。 「……はい。白百合様」  詠が白百合の手を握ると、白百合が微笑んだ。  やさしい風が、白百合と詠の背中を押すようだった。

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