226 / 226
白百合の章69
冷たい空気がただよう、ある日の朝。2人の少女が花摘みをしていた。
「この花はツワブキという。この花の名を教えたとき、丁度紅葉が美しくてな。花摘みをしながら、紅葉狩りもしたものだ。紅葉の裏に虫がついていてな、咲耶が悲鳴をあげたことをおぼえておる」
「この花はリンドウだ。咲耶はこの花が好きでな。見つけるたびに『リンドウ、リンドウ』と嬉しそうに呟いておった。その様子が小さな童のようで、面白かった』
花をひとつひとつ摘みながら、白百合が咲耶との思い出を語る。その様子を、詠は黙って聞いていた。
白百合は静かに微笑んでいた。もう――彼女のなかに、かざぐるまはないのだろうか。風に拭かれて靡く髪の毛は、穏やかに揺らいでいる。
摘んだ花で花束を作ると、二人は明澄神社へ向かった。明澄神社の鳥居は、咲耶の墓のようなものだ。鈴懸にとっては存ぜぬ話だろうが。
石段を、ゆっくりと登る。白百合は、石段を見下ろすようにして足を踏みしめていた。一段、一段……登っていくたびに、脳裏に咲耶との思い出が蘇る。
「白百合様から見て、咲耶さんはどんなひとだったんですか?」
「……少女だった。ただのな。どこにでもいる少女だったのだ」
最後の石段にたどり着くと、はた、と白百合が立ち止まった。しばらく白百合は黙り込んでいたが、やがて顔をあげて、鳥居を仰ぎ見る。
そして、白百合は――花束を鳥居に向かって放り投げた。
「白百合様――!」
そのとき、風が吹きすさぶ。ふわ、と花は舞って……風吹かれてゆく。
朝日が昇る。
花が舞うなか、白百合は朝日を眺め――呟いた。
「達者でな、咲耶。其方も、妾も……新しい道を歩むのだ。いつか、また会おう」
ぶわ、と風が吹く。最後にアヤメがひらりと風のなかを踊っていき……ふ、と白百合の唇に触れる。
カラカラカラカラ。
どこからか音が聞こえてきた。しかし、やがてその音は――静かに消えてゆく。
白百合は髪の毛を靡かせながら、詠を見つめた。朝日に照らされた金糸の髪がきらきらと輝いている。
――彼女の瞳に、涙が輝いている。
「さあ、行こう。詠。一緒に帰ろう」
白百合は微笑んで、詠に手を差し出した。
「……はい。白百合様」
詠が白百合の手を握ると、白百合が微笑んだ。
やさしい風が、白百合と詠の背中を押すようだった。
ともだちにシェアしよう!

