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鈴懸の章3

「織さま。この森を抜けたら有栖川邸にたどり着きますよ」 「うん……」  織たちを乗せた箱馬車は、街中を抜けて森の前までやってきた。人の多い街中は、妖怪がいないようでたくさんいる。人が多ければ多いほど、「念」が渦巻いて、悪霊を引き寄せてしまうのである。しかし、そんな街中を無事に織たちが抜けることができたのは……詠のおかげだろう。詠が箱馬車に結界を張り、それでも近付いてくる妖怪は陰陽術で払っていたからだ。織も、そんな詠の腕に感心したのか、ぶすっとつまらなそうにしていた表情をわずかながらも緩めていた。ここまで腕のたつ霊媒師がついているからこそ、自分はこうして外に出されたのだと、そう思い始めたのだ。  しかし、そんな織の安堵も揺らぐ。森にはいったときから、詠が表情を硬くしていたのだ。唇をきゅっと噛み、カーテンの隙間からちらちらと外をみて、持っている数珠をぎゅっと握りしめる。 「詠。どうかしたか?」 「いえ……この森は、少し強い邪気を感じるというか……」 「……大丈夫なのか?」 「ええ……」  伊知も、詠の表情に疑問を覚えたのか、眉をひそめていた。出発のときとは違う、自信なさげな詠の表情に、不安を覚えている。  そんな、詠の表情を勘ぐる者たちをみて、織は再び不安を募らせる。どうせ生きていてもつまらない、死んでもいい……そうは思っているものの、いざ妖怪に襲われて死ぬとなると、怖いものだ。八つ裂きにされるか、足から喰われていくか……考えるだけでも身の毛がよだつ。 「……織さま」 「え?」  ふと、詠が瞠目する。そして、勢いよく抱きついてきた。ぐっと織の頭を胸元に抱き込むようにして、それはまるで織のことを隠すように。詠の息遣い、そして、微かな震え。確かな緊張は織にも伝わってきて、つられて織も硬くなってしまう。  みてはいけない、直感的にそう思った。しかし……引き寄せられるように、織の視線はカーテンの隙間へ。 「……あ、」  はじめ、それはなんだろう、そう思った。カーテンの隙間から見える外の景色は、木々の並ぶ青々としたものだった。それが、紅く染まっているから、なんだろうと思ったのだ。そして、その紅の正体に気付いたとき、織は叫び声をあげそうになった。  紅の正体は、目玉、だった。箱馬車の窓を覆うほどの巨大な目玉が、中を覗いていたのだ。 「見ては……いけません、織さま!」  織の視線の先に気付いた詠は、慌てて叫ぶ。そのとき――ぴし、と音がして、詠の数珠が砕け散った。詠がさっと顔を青ざめさせてその場に崩れ落ちた、その瞬間……耳を劈くような音がして、箱馬車が破壊されたのだった。

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