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戯の章1

安住(あずみ)の村は、そう遠くはない場所ですね。でも、どうかお気をつけて。織様」  風に逆らって回るというかざぐるま。それを辿る旅は、今日から始まる。初めての旅の目的地は、安住というところにある村。随分と文明の栄えたこの街からは少し離れた、まだ昔の文化の残る村。歩けば決して近くはない場所であるが、一日二日と休みやすみ歩いていけば十分にたどり着ける距離にあった。  生まれてこの方ほとんど外出しなかった織の、初めての旅だ。当たり前だが碓氷家の者は大層織のことを心配した。詠の方から、竜神である鈴懸がついているのだと説明はしているのだが、彼らにとって鈴懸は不可視の存在。目に見えない存在に、大切な家族の安全を任せるなどできないというのが正直なところ。信頼をおいている詠の頼みであるからこそ承諾はしたものの、碓氷家のものは織が心配で仕方なかった。 「織、本当に大丈夫なのか。無理して旅なんてしなくても、屋敷にいれば安全だぞ」 「そうだ、旅なんて危険なことをするくらいならまだ屋敷にいたほうがいいと思うな。考え直せ、織」  旅にでる直前になって不安が爆発した、碓氷家の者たち。今更のように織を引き留めようとするが、織はそんな彼らの言葉を無視した。ふい、と彼らの視線から逃げるようにして目線を反らすと、そのまま踵を返して歩き出す。 ――くだらない。俺なんて生きようが死のうが同じなんだ。ほっといてくれよ、心配なんてしてないくせに。 「織様……! お帰りを、待ってます、……ご無事で……!」  織は碓氷家の者たちと詠の言葉に振り向きもしなかった。彼らの言葉全てが薄っぺらく聞こえて、煩わしかった。  瞳に影を落としまったくの無表情で歩き続ける織を、鈴懸は黙って見下ろし、その横をついて歩いた。

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