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灼の章3

「おや……詠ちゃん」 「伊知さま」  いつものように織のところへ向かおうと屋敷の廊下を歩いていた詠。そんな彼女に声をかけたのは、織の兄である伊知だった。伊知は詠を見るなり嬉しそうに笑ったが、すぐに困ったように眉尻を下げてしまう。 「……どうしたんだい、最近元気ないね」 「えっ……そうですか?」 「なんだか暗いよ? いつも元気なのに」  伊知は詠の顔を覗き込み、そんなことを言った。  詠としては「元気がない」自覚なんてなかったため、彼の言葉に戸惑ってしまう。なんでだろう、そんな風に考えてみると、伊知はふふ、と顎に手をあてながら笑って見せた。 「織とあんまり話ができないからかい?」 「……え?」 「儀式とやらが始まってから、詠ちゃんはいつもよりも織と話す機会が減っただろう? だからじゃないのかい?」  どこか、厭らしい顔。なにか勘違いされていそうな気がして詠は即座に否定したが、彼の言葉に全く心当たりがないというわけではない。  ……たしかに、どこか寂しいと感じるようになったのは……儀式が始まってからのことだった。 「詠ちゃんが織のお嫁さんになってくれるなら俺は万々歳なんだけどね」 「べっ……別に、私はそんなこと考えていないですから……」 「えー? むしろ前向きに検討して欲しいくらいなのに。だって織と詠ちゃんが結婚したら、詠ちゃんが俺の義妹になるからね、……詠ちゃんにお義兄さんって呼ばれてみたいな、俺」 「失礼します」 「あっ、待って詠ちゃん!」  織さまの、お嫁さんに? この人は前々から私が織さまを好きだと勘違いしていらっしゃる。    詠はむっとしながらトイレに向かっていく。この不機嫌な顔を織に見られるわけにもいかない、一旦化粧直しをしなくては――そう思った。 「……むしろ私は――織さまを好きになりたいのに」

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