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玉桂の章4

「な、なんか……屋敷の中が変なんだけど……」  屋敷の中に戻った二人は、いつもと様子の違う光景に目を瞠る。普段、屋敷の中は夜でも廊下のランプはついているのだが、今はすべての灯りが消え真っ暗。その代わり、ぼんやりと発光する赤い靄のようなものがたちこめて、不気味な光景となっていた。そして、人の気配がまるでない。織の家族はおろか、使用人や警備の者の姿もない。まるで碓井家の屋敷と同じ姿の異世界に来てしまったかのようだった。 「なんかの妖怪が入り込んだのかもな」 「えっ……でも、屋敷には詠の結界がはってあるはずだから……」 「結界を破るほどの妖怪か、あるいは詠の結界がなんらかの理由で揺らいだか」 「……なんらかの理由、」  詠は無事なのだろうか。そして、悲鳴をあげていた白百合は。  二人は屋敷の中をしばらく散策する。白百合がいたであろう織の寝室は、もぬけのから。では詠の寝室は……? 乙女の寝室を覗くことに気がひけたが、今はそうも行っていられない。二人は詠の寝室の扉を開こうとしたが―― 「ま、待て馬鹿者!」  後ろから、何者かが二人を引き留めてきた。ふりむけば、そこには―― 「……白百合! おまえ、どこにいたんだ」 ――白百合。特に怪我をした様子もなく、二人はほっとしたが……なにやらその表情は恐怖でいっぱいだ。 「あ、開けるな! わからぬのか、その先にはとんでもない化け物がいるのだぞ……!」 「化け物? 別にそんな気配感じねえけど? っていうかあの娘の部屋にそんなものがいるなら尚更いかねえと。放っておくつもりか、おまえ」 「でっ……でも……」  ドアノブにかけられた鈴懸の手を、白百合が掴む。涙目でぶんぶんと首を振って、必死に止めていた。「やだ、こわい、」と彼女はしきりに言っていたが、鈴懸も織も扉の奥から特別な気配を感じなかったため、首をかしげる。ただ、やはり詠を放っておくことはできず、鈴懸は白百合の制止を振り切って扉をあけてしまった。 「……なっ、」  扉を、開けた瞬間。  ぶわっと濃い赤い霧が部屋の中から吹き出してきた。屋敷の中にたちこめる赤い霧は、ここを中心として発生しているのかもしれない。禍々しい光景に三人は息を呑んだが、すぐにハッと気付く。その、奥に在るものに。 「……詠……!」  鬼が、数匹。そして、ベッドの上でぐったりとしている詠と、そんな彼女に多い被さるようにしている着物を着た得体のしれない人型の何か。  妖怪か――はたまた別の存在か。いずれにせよ、ここにいてはいけない者。ぬるりとした動きがおどろおどろしく、織は全身の肌が粟立つのを感じた。 「ひっ……」  ソレは、くるりと三人の方へ顔を向けた。その顔に、織は思わず小さな悲鳴をあげてしまう。  ソレは、体の形も長い黒髪の人間のようであったが、顔だけが狐だったのだ。ソレは織を見るなり、その狐面を歪ませてニカッと笑う。 「おや……キミは、咲耶じゃないか」 「えっ……」 「覚えていないか? 私の名は、玉桂。キミが独りで月を眺めていた夜に、交わったじゃないか」 「……たまかつら」  ソレは、玉桂というらしい。鈴懸も白百合も言っていた、満月の夜に現れる妖怪だ。織はそんな妖怪までもが咲耶と関わっていたことに驚いたが、それよりも玉桂がここにいること自体に驚いていた。だって、玉桂は邪悪な心に導かれてやってくるというのだから。 「聞いてくれないか、咲耶。この詠という少女が心に飼う鬼は絶品だ。私の鬼たちも彼女の鬼にひどく惹かれているみたいなんだ。そうだ、キミの飼っていた鬼と同じくらいに、この少女の鬼は香しい」 「……鬼? もしかして貴方は、詠に惹かれて月から下りてきたというのですか?」 「ああ、そのとおり。すさまじい憎悪よ、見事な鬼だ。ああ、久々にこのような少女がみれて私の心は高ぶっている。……しかし、……咲耶。キミもいたのか」 「……?」  邪悪な心に惹かれてやってくるという、玉桂。彼が、詠に惹かれてやってきたということに織はびっくりしてしまった。織にとって詠は、お淑やかで美しい少女であったのだから。  信じられない、と織がたじろいでいると。けた、けた、と玉桂が笑う。そして――すっと音もなく、織たち三人のもとへ近づいてきた。 「おや、咲耶……鬼はどうした。随分と大きくて邪な鬼を飼っていたと思ったが……ほとんど気配がないじゃないか」 「……、俺は、……咲耶ってわけじゃないし、……」 「何を言っている。キミは咲耶だろう。鬼を、……鬼をみせなさい。私はキミの鬼が大好きなんだ」  ……何を言っているのか、わからない。  「鬼」とは、心の中に巣くう闇が命をもってしまったもの。咲耶は、大きな鬼を飼っていたのだろうか。  織はもやもやとそんなことを考えて、しかし自分を咲耶と思いこんでいる玉桂に何も言えなくて、黙っていた。そうすれば横から鈴懸が出てきて、二人の間に割り込んでくる。 「いねえよ、織のなかに鬼なんて。こいつは、ちょっと前とは違うんだ」 「……ふふ、そうか。生活していくなかで鬼が小さくなってしまったのかな。しかし……微かに匂う。まだ食えるな」 「……ばか、近付くな! 織の鬼なんて直に消える! 俺が、消してやるから、」 「消す? 何を言っている、もったいない!」 「は――」  玉桂は鈴懸の言葉を聞いて、声を荒げた。そして、ぎょっとした鈴懸を突き飛ばすと、織の胸ぐらを掴むようにして自分のもとへ引き寄せる。 「そこの娘はもとより十分に巨大な鬼を飼っていた。咲耶のは少し小さいが、良質の鬼を持っている。……私が肥えさせてあげよう。キミはそこで這いつくばって咲耶の鬼が育ってゆくところを見ているがいい」 「なっ」  玉桂が再びニカッと笑う。その瞬間だ。周囲にいた鬼たちが、大きなうなり声を上げ始めた。あまりのうるささに鈴懸は思わず耳を塞いだが……側にいた白百合は、「うるさい」というには大げさに、体をがたがたと震わせ始めた。 「おや……鬼の声に反応するとは……キミも鬼を飼っているのか? しかし……残念だが狐の神様は私のもとへつれていけない。側室たちの嫉妬を買ってしまう」 「わっ……妾は鬼など飼っていない……!」 「ふふ、強気な口振り、いとかなし」  冷や汗をだらだらと流し、鈴懸にしがみつきだした白百合。さすがに鈴懸もただ事ではない白百合を心配したが……白百合はやがて、ふ、と意識を失って倒れ込んでしまう。  部屋の中は、ぐったりとしてしまった詠と白百合、そして鬼たち。鬼はベッドに横になっていた詠を抱え上げ、ベッドを空かす。玉桂はその上に織を寝かせて……にたっと笑った。 「……織、……!」  何をされるのか。察しがついた鈴懸は、ベッド駆け寄ろうとしたが。後ろから鬼に羽交い締めにされ、さらには床にたたきつけられてしまう。強烈な痛みが全身に走り、鈴懸はうめき声をあげる。全く、抵抗できない。圧倒的な力を前に、鈴懸は血の気が引くのを覚えた。  玉桂は……ただの妖怪ではない。一種の「神」の類に属する、化け物だ。おそらくは鈴懸や白百合よりも遙か昔に生まれた、強大な力を持つ神。自分が拮抗できるような相手ではない――そう悟った瞬間に鈴懸は絶望に見舞われた。 「は、放してくださ、」 「さあ、咲耶。私に身を委ねて。何も考えないで、私に抱かれなさい」 「……っ、や、いやです……やめてください……」  玉桂が織の手首をベッドのシーツに縫いつけて、にたりと笑う。自分の置かれている状況を完全に把握した織は、逃げようと抵抗したが、無駄だった。玉桂の力が強く、身動きをとることすらもできない。  ……この玉桂との交わりは、儀式とは関係のないことだ。玉桂が咲耶と関わっていることは間違いないだろうが、例の「かざぐるま」が現れない。織も完全に正気で、つまりはこの状況はただの強姦にすぎないということだ。  だから、絶対に玉桂には抱かれたくなかった。……まして、鈴懸の見ている、この場所で。 「お、おゆるしを……玉桂さま……」 「いやがるな、咲耶。すぐに善くなる。いいか、私は玉桂。月に住まう、由緒ある神。すべての女が私に抱かれることを望み、そして抱かれたものは必ず……私の虜になる。キミの体は……私にあらがうことなど、できないんだ。抵抗するな、体を開きなさい」 「や、やめ……」  はら、と織の着物がほどかれる。そして、現れた素肌に、玉桂が手を滑らせた。ゾク、ゾク、と体が熱くなっていき、織はそんな感覚に嫌気がさしてぶんぶんと顔を振る。なんらかの妖力だろうか、感じたくなんてないのに……体が、どんどん熱くなる。 「ふふ、そうだ。みてもらうといい。キミの、淫らな姿を。そこの男に」 「……っ! いや……!」  体が、火照って、苦しい。違う男にこんな体にされて、そんな姿を鈴懸に見られたくない。  それなのに。  玉桂はぐっと織の体を起こし、自分の前に座らせる。そして、鈴懸に織のいやらしい体を正面から見せつけた。 「ふふ……無様だな。力なき竜神よ。愛する者が違う男の腕のなかでよがる姿を、指をしゃぶってみているといい」 「……おまえ、」  はは、と玉桂が笑う。  玉桂は鈴懸の正体も見抜いていたらしい。完全にバカにしたように笑って、これみよがしに織の体をなで上げる。 ――ただ見ていることしかできない鈴懸は、悔しさのあまり、泣きそうになった。 「わかるかい、咲耶。ここが、子宮だ。私の精を受け入れるための器官」 「お、おれに、子宮なんて、ない……」 「いいかい、キミの体は私の言うことをきくよ。ほら……」  玉桂が織の臍の少し下のあたりに手のひらを添える。それだけで、織はぶるっと震えてしまった。触れられた部分の内臓が、きゅんきゅんと収縮しているのが、自分でもわかった。 「イきなさい、咲耶」 「えっ……、……! ……~~!?」  織が突然訪れた体の変化に戸惑っていると。  玉桂が織の耳元で、命令する。  ――その瞬間だ。  強烈な快楽が織の体をズドンと下から上に突き上げてきて、頭の中が真っ白になった。渦のなかに突き落とされたような、引っ張られるようなすさまじい快楽が断続的に襲ってきて、織はのけぞって体をビクビクと震わせる。 (なに、これ……なにこれ、なにこれ、……体が、変……変……!)  イきそうだ。イきそうになる。  ……でも、鈴懸の前で、……イきたくない、イきたくない……!  玉桂の言霊により、強制的にイかされてしまいそうになった織。必死に抵抗を試みたが、それは無駄に終わった。はっきりと顔に拒絶を現した織を見て、玉桂が微笑んだのだ。   「イきなさい。ほら、咲耶。イくんだ」 「はァッ……! あ、……ひ、……」 「ほら、キミの性器もぱんぱんにふくれあがっている。イきなさい。そうだ、潮も吹いてしまいなさい」 「だ、だめ……だめ、だめだめだめ、……あっ……あ、……ぁ、~~~~~~ッ!!!!!!」  何度も何度も。玉桂は織の体に、命令をした。  織は必死に口を手で塞いで、はしたない声が漏れないように我慢する。それでも、体は玉桂の言葉にはあらがえない。ビクンッ、ビクンッ、と震えながら全身から汗を拭きだし、絶頂のぎりぎりまで上り詰める。  もう、限界。我慢が、つらい。そこまできたところで、玉桂が臍の下のあたりをごりごりと擦ってきた。皮膚の上から前立腺を刺激され……とうとう、ぷつん、と我慢の糸が切れてしまう。 「あ、……」  そんな織の様子に気付いた玉桂は、くすっと笑う。そして、織の両方の太ももをガッとつかみ、大きく開脚させた。股間を鈴懸に見せつけるように。 「ぁ、あ……」 「さあ……咲耶。あの男に、キミが私の手で絶頂に達する姿を見せてあげなさい」 「あ……、いや、……いや、……あ、……ぁ……――――ッ、~~~~~~~……」  ぷしゅーっ、と勢いよく、織は潮吹きした。ぐいっと玉桂に股間を突き出されながら、織はたくさんの潮を吹く。 「みな、……いで……すずかけ、……あっ……~~~~ッ、はぁっ…………~~ッ、あぁ……」  ゆさ、ゆさ。体を抱え上げられ、揺すられ。織の潮吹きは止まらない。どぴゅっ、どぴゅっ、と大量の潮を吹く。織はぽろぽろと泣きながら、鈴懸に最高の乱れ姿を見せつけてしまった。切ない泣き声をあげながら、淫らすぎる姿を、鈴懸に見せてしまった。   「さあ、咲耶。私の精が欲しくなってきただろう?」 「あっ……」 「私のものを受け入れたら、もうほかの男のものなんて足りなくなるよ。キミが私のものになる様を、あの男にじっくりと見せてあげる」  膨らんだものからだらだらと密をこぼし、織は嗚咽をあげる。鈴懸の前で潮吹きをさせられたのが、たまらなく哀しかった。もう、鈴懸の顔が見れなかった。他の男に染められてしまった体なんかで、彼に切ない気持ちを抱くことは赦されないような気がした。  ひくひくと疼くソコに、玉桂のものがあてがわれる。ゾクゾクッ、と全身が震えて、織の顔がいやらしく蕩けた。細い腰がくねり、体は今か今かと雄がはいってくるのを期待していた。 「い、や……」 「なにをいやがっているんだ。おまえは、最上の神である私に求められているんだぞ。もしやそこの男が好きなのか。なぜ、あの力を失った神なんかに執着する」 「うっ……、すず、かけ……」 「この私に求められていることを誉れと思えない、それは罪に等しいぞ、咲耶。今にわからせてやる――私に抱かれる悦びを!」 「――はぅっ……――――!!」  ずぷん! と勢いよく玉桂のものが織の奥を突き上げた。その瞬間、織の視界にばちばちと白い火花がちり、魂がぬけるような錯覚に陥った。それほどの、快楽。理性を保つなど不可能な、あまりにも強力な快楽。  ほかの男のモノでこんなに感じてしまうことが嫌なのに……もう、織には耐えることはできない。口を押さえる手にも力が入らなくなって、だらりと玉桂に体を委ね、されるがままに揺さぶられることしかできなくなっていた。 「はぁっ、あっ、あぁっ、んぁっ」 「はは、イけ、……咲耶、イけ、イけ……!」 「あっ、~~~~ッ!!!! あぁっ、あぁああっ、~~ッ!!」  ズンッ! ズンッ! と激しく体を突き上げられる。嫌だ嫌だと心では思っているはずなのに、唇からは甘い甘いよがり声が溢れ出してくる。全身をどろどろにして、顔も涙と唾液でぐちゃぐちゃで。一度潮吹きしたはずのモノからはまたぴゅっ、ぴゅっ、と潮が飛び出していて。もはや否定できないくらいに、織の体は、玉桂に抱かれることに悦びを感じていた。  人はここまで快楽で堕ちてしまうものなのかと、そんな風に思ってしまうくらいに……織の乱れっぷりはすさまじい。織の下腹部はもう自らの出した液体でびしょびしょで、揺さぶられるたびにぱちゅぱちゅと水音が響く。唇から漏れる儚い声は、とろとろにとろけきっていて、いつもの透明感を失っている。  鈴懸は、見たこともない織の姿に吐き気を覚えた。この織の姿は、自分が無力であることの証。織を襲う玉桂を突き飛ばすこともできない、力ない自分のせい。鈴懸は、なにもできない自分に虫酸が走ったのだった。 「咲耶。キミのなかに、私の精をそそぎ込むよ」 「あぁっ、やぁっ、んっ、ふぁっ」 「一度私の精をそそぎ込まれた女は……私のことしか考えられなくなる。咲耶……キミもだ」 「あッ、あっ、あっ、あっ」  ぐんっ、と玉桂が織を大きく突き上げる。そうすれば織はぐっとのけぞり、恍惚とした表情で腰を玉桂に突きだした。もう……その目に、抵抗の色はない。  しかし。 「……すず、かけ……」  微か、切なさを揺蕩えた。  一筋、涙が頬を伝う。 「っ、」  鈴懸は、それを見て固まった。瞬きすらも忘れて、精液を注ぎ込まれる直前の織を、凝視した。  諦めたような力ない表情に、身を切るような切ない涙。心臓をもぎ取られたような、そんな胸を痛みを覚えて、鈴懸はその瞳から、涙をこぼす。   「……織」  織のなかにねじ込まれた男根が、ぶるっと震える。そして――ビュルルルッ!、と思い切り、織のなかに白濁がそそぎ込まれた。 「……――――!!!!」  織の瞳が虚ろに揺らぎ、そしてがくん、と体から力が抜ける。玉桂のモノがぐぷん、と音を立てて引き抜かれ、織はベッドの上にくたりと横たわった。 「は……、……ぅ、……」 「ふふ、……果てた姿も美しいな、咲耶。私がこんなことを言うのは、よっぽどということだぞ。美しいぞ、咲耶」  はくはくと息をする織は、もうなにも見ていなかった。その瞳に、なにも映していない。  玉桂はそんな織の姿をみて、恍惚とため息をついた。切ない想いを抱きながら、見知らぬ男に犯されつくした織。そんな織に、玉桂は魅入られていた。  玉桂がどろどろに濡れた織の腹をなでる。そうすれば織はぴく、ぴく、と小さく震え、甘い吐息を唇からこぼした。玉桂は徐々に顔を織に近づけていき……そして、頬に、手を添える。  唇が、近づけられる。玉桂がにたっと笑って……そして、織の唇を、 「……、……っ」  奪おうとした。  しかし。織自身の手によって、それは阻まれる。織が震える力の入らない手で、唇を隠してしまったのだ。 「……ん? なんだ、咲耶。私の口づけを拒むつもりか」 「……それ、……だけは、……かんにんしてください……どうか……」 「はは、抱かれたあとで言う言葉じゃないだろう。なぜ今更口づけごときを拒むんだ」  ぐったりと動かない織の体。太ももの隙間からは、たらーっと白濁が垂れている。ぐちゃぐちゃになった織の体に、もう拒むものなどないはずなのに。織は、頑なに口づけを拒んだ。  ぽろぽろと涙を流し、儚い嗚咽をあげる。ときおり、ぴくっ、ぴくっ、と絶頂の余韻を顕わにしながら。 「……まだ……鈴懸さまに、……口づけをしていただいていないから……です」 「――……、」  織は、鈴懸の存在をもう認識できていないのかもしれない。快楽漬けにされて、もう自分のおかれている状況もわからないのかもしれない。訴えるように吐き出されたその言葉は、もはや誰に向けられたものでもなく。  心の中で蛍のように輝いている、ほんの数時間前の記憶に焦がれる、織の願いのようなものだった。 ――初めての口づけは、あの人に捧げたい。 そんな、小さな、それでいて眩い願い。 「――貴様」  小さな光を夢見て、そして織は、ふっと気を失ってしまった。結局最後まで心を堕とすことのなかった織を見下ろし、玉桂はぴくりと口元をひきつらせる。 「……私よりも下等な神に焦がれるというのか。咲耶……貴様は、とんだ愚か者だ!」  自尊心を傷つけられたのだろう、玉桂は激怒した。もう気を失って動かない織の首を掴み、ぐったりとしたその体を持ち上げると、ぎろりと瞳をぎらつかせて言う。 「……今に、思い知らせてやろう。私に愛されるということが、どれほど誉れなことであるかを。貴様のその口で私の口づけを請うまで、貴様を犯し続けてやる」  玉桂は織を抱き上げると、くい、と鬼たちに顎で指示を出す。鈴懸を捕らえていた鬼は、一度鈴懸を強く殴ると、玉桂の側まですっと近付いていった。 「哀れな竜神。咲耶はおまえのことなど忘れてしまうだろう。万一、再び会うことがあれば……そのときは、おまえの知らない咲耶になっている」 「……おまえ、……なにするつもり、……」 「咲耶を私の后にするのさ。そして、私の子を産ませるのだ。なぜか咲耶は男の体になっていたが……神の嫁になればどんな人間であろうと子を産める。知っているだろう、鈴懸?」 「……っ、待て、……」  玉桂が鈴懸に背を向ける。窓には、不気味なほどに巨大な月。ゆっくりと体を浮かせてゆく玉桂に向かって、鈴懸は手を延ばすが……届かない。鬼によって痛めつけられた体は、想像以上の重傷で、体を揺すれば内臓が破裂するのではないかと思うほどだった。  織と。それから、詠。二人が玉桂によって連れ去られてゆく。 「それではの、竜神。おまえの大切な人間は存分にかわいがってやるから、安心するがいい」 「……織、……織……!」  声にならない叫びをあげて、鈴懸は涙を流した。  叫びは届かず。玉桂は姿を消した。 玉桂の章 了

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