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覚の章2
「もしもし、そこのお方。起きてください、大丈夫ですか?」
「……?」
光が瞼を差して、鈴懸はうなりながら目をあける。そうすればそこには、一人の青年。
「こんなところで寝て……風邪をひいてしまいますよ。もうすぐ朝食の時間です。暖かいスープでも飲んで、体を温めましょう」
「……おまえ、……俺が見えるのか」
いつの間にか、気を失っていたらしい。鈴懸は気を失う前の記憶をたどっていき……益々困惑した。
部屋は、何事もなかったように整然としている。まるで、いつもの朝のように。
なぜ? この屋敷は、玉桂に襲撃されたはず。こうして足跡を残さないのも玉桂の能力なのだろうか。それは、ありえるだろう。
いろいろと考えて、そして次の疑問。この青年は、なぜ鈴懸が見えているのかということ。
「お初にお目にかかります、鈴懸様。私は碓氷家の長男・碓氷 伊知と申します。拝謁するのが難しいと存じ上げておりましたが、こうしてお会いできて光栄です」
「……織の兄か」
青年の名は、伊知。織の兄である。
織の側にずっといたため、鈴懸は伊知の存在を知っていた。その、人となりも。穏やかで心優しい、弟想いの兄だ。碓氷家の長男としての威厳も兼ね備えている、いわば理想の兄だった。なぜ織は彼の優しさから逃げてしまうのだろうと思っていたのは少し前までのこと。もうじき織も、彼の愛情に気付くことができるだろう……そう思っていた。
対して、伊知の方は、彼の言ったとおり鈴懸を初めて実際に見ることになる。碓氷家の者は織の側に鈴懸という神がついているということは知っていたが、鈴懸の姿を見ることはできなかったのだ。
しかし、今、こうして。伊知は鈴懸の姿を認識している。鈴懸の力がかなり戻ってきているということだろう。
「……? 鈴懸様? 今、なんとおっしゃりましたか?」
「あ? 織の兄、と」
「……織」
しかし。
驚くべき現象が、ここにはあった。
「……織、とはどなたでしょうか。私と関係のある方ですか?」
――織の存在が、すべての者の記憶から消えていたのだ。
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