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第1話
世界一の大罪人でありイカれた化学者と呼ばれたカムラが行方不明になった。死んだのだと誰もが思ったが、未だに死体はどこからも見つかっていない。
彼は人工知能を使った兵器の開発を行っていて、その最高傑作とされる人型兵器を一体だけ置いて行方をくらませた。
兵器の名は『ゼロ』。幼さの残る青年の姿の彼は、カムラが独自開発した特殊な金属で作られており、他のどんな兵器を使ってでも傷一つつけられない、人類においての最終兵器となった。
それと同時に、この世界で最も自由な兵器でもある。
「なぜロボットは愛されないかって?」
ロボット工学専門の研究者であるミキは、今日もまた自分の元にやってきたゼロの話し相手をしていた。あまりにも頻繁なことのせいで、自分の元に訪れるこの黒髪の青年が人間にしか見えなくなってきている。
「それはつまり、きみは、ロボット以外ならば愛されるのだと思うわけか」
「少し違います。そうですね、つまり、道具は愛されない、そう言いたいのです」
高度な人工知能を持つゼロは人間と同じように思考ができ感情も持つ。彼は毎日、自分の意思で生活をしているのだ。そしてそれを止めるすべを人類は持っていない。
幸か不幸か、ゼロに命令できるのは彼を作ったカムラただ一人である。彼のいない今、核兵器数個分に匹敵する脅威を纏ったロボットは、この世界の誰よりも自由だった。
「ロボットは道具か。つまりきみがそうだと?」
「……それ以外に何があるのですか?」
すぐに言葉が出ていかない。癖のない黒髪に、好奇心に溢れる瞳、かつての教え子たちを彷彿させる優等生にしか見えないだけあって、ミキは複雑な気持ちだった。
そしていつもゼロと重なるようにして出てくる幻影、それが若かりし頃のカムラである。また、やるせない。
「では人工知能を持つロボットはどうだろう。人と同じように思考して、感情を持つ、きみみたいなロボット」
「そこは、人間をどう定義するかによって答えが変わります。ぼくは、道具だと考えますが。知能はあっても生命体ではありませんし」
「そうか。わたしは人間だと思うがね」
「おもしろい」
ゼロの目が細くなり、口角が少しだけ上がる。彼の微笑みは、とても美しい。
「興味深い、ということかい?」
「いいえ。皮肉です。あまりにも分かりやすい嘘をつくから」
「嘘?どうしてそう思う」
尋ねて、しまった、そう思う。ミキは言葉を飲み込み、ゼロから目をそらした。
「だって、ぼくは、お父さまに愛してもらえませんでした」
言葉が重くのしかかる。彼の感情を司る価値観は、カムラによって形成されたようなものだ。人類の脅威であり、その力に及ぶものがない世界では、ゼロと関わる人間はカムラしかいなかった。カムラがゼロの世界の全てだったわけである。
「そんなことはない。きみはロボットではあるが、カムラが生み落とした子どもでもあるのだから」
「親が子を愛する、なんていうのは、人間の勝手な思い込みです。ぼくがお父さまと会話したのは単なる研究の一環で、その他は、何も」
ゼロを完成させてから、カムラが行方をくらますまでは1ヶ月もなかった。この世で最強の兵器の完成を世界に発信し、その結果カムラに下されたのは死刑。警察の手が及ぶより早く、彼は消えた。
もっとも、行方をくらまさずとも、ゼロが側にいる状態で彼に手を出せる者はいなかっただろうが。
ーーカムラがゼロへ抱いていた感情が、子に対する愛ではないのは確かだ。
それを痛いほどわかっているからこそ、ミキはゼロに微笑んでやることしか出来ない。
「カムラはお前を愛していたよ」
そう言って、また、やるせなくなった。
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