2 / 6

第2話

空腹さえも眠気さえも感じない。痛みも知らない。 ゼロは、体内においてあらゆる物質による化学反応を起こしながら自身のエネルギーを作ることができた。だから、放っておいても動かなくなることはない。破壊もできない。彼は永遠だ。 日が沈み、人々が寝静まるころ、ゼロはカムラが以前使っていたラボに戻る。そこが彼の家だ。 ゼロがここを離れるのを見計らって侵入しては資料や機材を運び出していく政府の人間たちのせいで、すっかり何もなくなってしまった。それらを守れとカムラに命じられたということもなく、日々殺風景になっていく住処に対してゼロが思うことはない。 そして残された資料を参考に新兵器開発が出来るわけでもなく、ゼロの破壊方法を見出せるわけでもなかった。彼の産物はもはやゼロだけだ。そして彼には誰も手出しできない。 何もない床の上に寝転ぶ。眠るわけではないのに、目を瞑って、人間の真似をする。彼の新しいお遊びだ。 「……空気?」 ふと、反応があり、目を開ける。昨日までは床にまだいくつかの機材があったために気づかなかったが、床のある一箇所から下に向けて空気の流れを察知した。 そばまで行って、両手のひらを床に当てる。しっかりと固定しながら力を入れると、簡単にそこの一面だけ床を取り外すことができた。 地下へ通じる階段、なんてものはなく、そこは30センチほどの深さでできた小さなスペースがあるだけだった。だが、それでもゼロの興味を引いたのは、そこに一枚の紙切れが置いてあったからである。 それを拾い上げ、そして気づく。そこに書いてある文字は、カムラのそれだった。 『きみがこれを読んでいるということは、わたしはすでに消えているということだろう』 ーーお父さま。 感情の昂りを認知した。文字から目が離せない。無意識に力が入る。 記されていたのはカムラのメッセージと、いくつかの数字。これは、座標だ。 『ここでは何もが思うままだ。きみが望むものはなんでも手に入る。どんな願いでさえ叶う』 「そんな馬鹿な」 声が出た。あらゆる記憶を検索し、たどり着いたのはおとぎ話。そこに住む妖精が、旅人の願いをなんでも叶えてくれるという、ありふれた物語。 現実とフィクションの区別がつかないわけではない。だが、妙な説得力がある。 自分の使い方は理解しているが内部構造についてはなんの技術も知らないゼロにとって、なぜここまで高度な技術をカムラが持っているのかは謎だった。つまりその唯一無二の技術をカムラが願い、受け取ったとするならば。 あり得ない、いや、あり得ないことはない。ゼロは記された座標を検索し、そして目的地として記録する。 体は簡単に動き出した。光のない暗闇の中、ゼロはたった一つの願いを胸に、旅に出る。 人間になりたい、そう願って。 きっとお父さまも待っている。なぜかそう思った。

ともだちにシェアしよう!