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第5話

ふたりでの旅路が半月を過ぎた頃、その瞬間は突然訪れた。 砂の、ある一部分。いつものように歩き回っていたゼロの両足が触れた途端、地響きがしたのだ。 何事かとふたりが理解するより前に地面が沈んだ。目の前の砂がサラサラと落ちていき、現れたのは鉄の階段だ。暗い地面の中へと続いている。 「ほ、本当だったのか…」 起きたことが信じられないのか、ノアは口をぽかんと開けている。だが、嬉しいのだろう。目を輝かせ、拳を握っている。 それと正反対に、ゼロは無表情だった。それでも、彼がいつも以上に高ぶっているのはなんとなく分かった。何も言わないまま、ゆっくりとその通路を降りていく。 彼の姿が見えなくなってから、ノアは口を開いた。 「……地下への通路を発見。進みます」 淡々とした口調でそれだけ言い、悔しげに唇をかんだ。そしてゼロの後を追う。 地下は思った以上に広かった。横幅は2メートルほどあり、歩くのにも余裕がある。階段を少し進むと壁に設置してある電灯が自動的に光り、視界は良好だった。 どう考えても、これは人間の手によって作られたものである。 「ーーー?!」 その時、凄まじい音が響く。ノアははっと顔を上げ、目の前を見た。先を行くゼロの背中が見え、彼は今、壁と壁の間に挟まれるようにして立っている。 すぐに状況を理解した。両方の壁が突然動き、襲いかかってきたのだ。 「ゼロ?!」 「一緒に進むのならもう少し側に寄ってください。ここは非常に危険みたいです」 言われるがまま、ノアはゼロのそばに駆け寄る。近くで見るとことさら恐怖を感じた。壁は想像もつかないほどの圧力でこの間を通ろうとするものを捻りつぶさんとしている。ゼロが両手で支えているおかげで止まっているが、普通の人間ならば簡単に原型がなくなるところだ。 ノアが先に通路を抜け、そのあとにゼロが続く。手を離した瞬間、壁と壁が重々しい音を立てながら重なり合った。やって来た入り口は見えない。進行方向に目をやると、通路はまだ先は続いていた。 「いったい誰がいつこんなものを……」 ノアは注意深く辺りを見渡す。何の変哲もない鉄の壁だ。古びているようにも、新しいように見える。無機質なそれらはひどく不気味だった。 歩くたびに壁が襲いかかり、その度にゼロが防ぐ。鉄の成分はノアの知らない物質が混ざっていて、同じ機械の体といえど自分には防げないことだけはよく分かった。 そしてもうひとつ、この不可解すぎる場所で明らかになっている事実がある。歩みを進めるたび、ノアは久々に恐怖心を感じていた。 ーーまるでここは、ゼロだけが通れる道としてつくられたみたいだ。 『願いがなんでも叶う』 その言葉の本当の意味を、ノアは薄々気づいていた。 「奥まで来たみたいです」 ゼロの声にハッとして、ノアは立ち止まる。彼の言葉通り、視線の先に扉が現れた。周囲と同じ鉄の扉だ。 さて、どうやって開けようか。その答えを出す前に、ゼロが近づくとその扉は簡単に開いた。 瞬間、眩ゆい光が視界を奪う。 「おめでとう、よく辿り着いた」 聞き覚えのある声がした。光を背にして立っていたのは、死んだと思われていたカムラだった。いつもの、白衣の姿で微笑んでいる。ゼロが一歩前に出た。 「おとうさま」 無意識に出た声は空中に溶け、伸ばした手はカムラをすり抜けた。彼は映し出された映像以外のなにものでもない。先ほどの通路からは想像できないほど広大なその空間には誰もいなかった。 その代わり、壁一面に設置された、ゼロと姿形同じロボットたちがふたりを迎えた。 ノアは言葉を失う。ゼロは誘われるようにして壁に向かい、透明のカムラは愉快そうに話し続けた。 「さあ、ここにあるものは全てきみのものだ。これがあればこの世の全てが思いのまま。きみの願いはなんでも叶う。好きに使うといい」 願いがなんでも叶う場所、それは、この世で最も力を持つ兵器が手に入る場所だった。 「あ、あ、あ、あ……」 壁一面の自分に向かって、ゼロは言葉にならない声をあげる。その中の一体に触れて、口をぽかんと開けて、ただ目を見開いている。 「同じじゃない。同じじゃない。同じことなんて、ひとつもない」 声に抑揚はなかった。うわ言のようにゼロはそう繰り返し、たまらなくなってノアは目を伏せる。 『俺とお前って、同じだろ』 数日前に放った一言を後悔している。この空間は、ただひたすらに、ゼロが人間でありたいという願望を否定していた。 ノアが顔を上げる。兵器に囲まれた兵器が見える。 ーー素晴らしい!! 興奮気味に叫ぶ声が、ノアの耳に響いて消えた。 「こんな世界、壊れてしまえばいいんだ」 ノアが穏やかに言う。そして一体の兵器に近づいて、それに触れた。 「ゼロ、これを使って一緒に世界を壊そうよ」 どこかに起動させるための装置があるはず。ノアはそう思って、一体だけ壁から取り外そうとする。 それと意識がなくなったのは、同時だった。 「だめ」 ゼロから放たれた閃光に貫かれ、ノアはただの鉄くずとなって床に崩れ落ちた。その様子を感情のない瞳で見届け、目を閉じる。 「誰にも使わせない」 それは最初で最後の、父親への反抗。 扉がゆっくり閉まった。

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