4 / 6
第4話
やはりと言うべきか、残念なことか、カムラの示す座標には何もなかった。ただ砂漠が永遠と続き、その先には何もない。
ここへやって来てからもう1週間が経とうとしている。ノアが途中で追っ手を破壊したおかげか、そのあとで追跡してくる機械はなかった。
ふたりきりで、何もない砂の上を歩き回る。その旅には終わりが見えない。
「なあ、ゼロ。お前はなんで人間になりたいんだ?」
何度目かの夜を迎えたある日、砂の上に寝転ぶゼロにノアはそう問いかけた。
彼がここはやって来た目的、それは願いを叶えるためで、その願いとは、人間になることだと、長い時間をかけて教えてもらっていた。
ゼロは目だけを動かして隣に腰を下ろしたノアを見上げる。そしてまた夜空に視線を戻し、目を閉じる。
「確率を上げようと考えた結果です。人間になれば、ぼくは愛してもらえるかもしれない」
思わず言葉を失う。ゼロは、悲しんでいるようには見えなかったが、なぜか彼が泣いているように感じた。
「……お前はそのままでは愛されない?」
「そうですね、このままでは、不可能だと考えます。ぼくは道具ですから」
「道具、とは思えないけど。俺とお前って、同じだろ。俺は自分は道具だとは思ってないよ」
今度はゼロの顔が動く。顔ごとノアを見上げ、その純粋な瞳が彼をとらえる。
「同じ?」
「ああ。俺は機械の体を持ってるけど人間だ。お前だってそうだ」
「いいえ、全然違います」
「そうかな?俺は同じだと思うけどな。どの辺が違うの?」
尋ねられたそれを思考して、止まる。ゼロの口から言葉は出なかった。
「確かにもとは人間の体だったけど、今は心臓もないし。それに皮膚とかは以前のものだけど、そんなの、お前とは単に素材が違うだけだろ」
「でも、それでも」
「へえ、ゼロも返事に困ったりするんだ。最初は少し怖かったけど、結構フツーだよな。俺、お前のこと好きだよ」
今度はゼロが言葉を失う番だった。ノアはいつものように微笑んでいる。そんな彼から目をそらす。
「それは本心ではないでしょう」
「ええ、なんだその言い方」
呆れて笑う声がする。それと同時に、顔のすぐ横に気配を察知した。気づいたら、ノアの唇が自分の頰と重なっている。それがキスということを、ゼロは知っていた。
「嫌いなヤツにキスなんてする?」
「……それは個人によります」
今まで感知したことのない感情が生じる。同じ、というその言葉は、機械の体を持つノアだからこその重みがあり、こうして触れられることがその証明であるかのようだった。
ぼんやりと自分を見つめるゼロに、ノアはまた笑う。
「なんだよもう。そんな信用ないならさ、願い事、俺がお前を好きになるようにーとかそういうのにすれば?」
空気が変わった。少なくとも、ノアはそう感じた。ゼロの瞳がまっすぐこちらを向いていて、けれど、その視線の先には別の誰かがいる。
「そうか、もっと早ければ」
ゼロが呟いた。そして微笑んだ。
「お父さまに愛してもらえるようにと、願うことにします」
あ、と、声が出そうだった。ノアは遠に捨てたはずの痛みを感じる。
ーーもっと早ければ。
その言葉の真意を、ノアは嫌でも分かってしまう。ゼロは何よりも誰よりも父親に愛してもらいたくて、そしてその父親がすでにこの世にいないことに気づいている。
ノアはもう何も言わなかった。ゼロと同じように横になって、同じように目を閉じた。
そっと重ねられたノアの手の平を、ゼロは振り払うことはしなかった。
ともだちにシェアしよう!