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第4話

やはりと言うべきか、残念なことか、カムラの示す座標には何もなかった。ただ砂漠が永遠と続き、その先には何もない。 ここへやって来てからもう1週間が経とうとしている。ノアが途中で追っ手を破壊したおかげか、そのあとで追跡してくる機械はなかった。 ふたりきりで、何もない砂の上を歩き回る。その旅には終わりが見えない。 「なあ、ゼロ。お前はなんで人間になりたいんだ?」 何度目かの夜を迎えたある日、砂の上に寝転ぶゼロにノアはそう問いかけた。 彼がここはやって来た目的、それは願いを叶えるためで、その願いとは、人間になることだと、長い時間をかけて教えてもらっていた。 ゼロは目だけを動かして隣に腰を下ろしたノアを見上げる。そしてまた夜空に視線を戻し、目を閉じる。 「確率を上げようと考えた結果です。人間になれば、ぼくは愛してもらえるかもしれない」 思わず言葉を失う。ゼロは、悲しんでいるようには見えなかったが、なぜか彼が泣いているように感じた。 「……お前はそのままでは愛されない?」 「そうですね、このままでは、不可能だと考えます。ぼくは道具ですから」 「道具、とは思えないけど。俺とお前って、同じだろ。俺は自分は道具だとは思ってないよ」 今度はゼロの顔が動く。顔ごとノアを見上げ、その純粋な瞳が彼をとらえる。 「同じ?」 「ああ。俺は機械の体を持ってるけど人間だ。お前だってそうだ」 「いいえ、全然違います」 「そうかな?俺は同じだと思うけどな。どの辺が違うの?」 尋ねられたそれを思考して、止まる。ゼロの口から言葉は出なかった。 「確かにもとは人間の体だったけど、今は心臓もないし。それに皮膚とかは以前のものだけど、そんなの、お前とは単に素材が違うだけだろ」 「でも、それでも」 「へえ、ゼロも返事に困ったりするんだ。最初は少し怖かったけど、結構フツーだよな。俺、お前のこと好きだよ」 今度はゼロが言葉を失う番だった。ノアはいつものように微笑んでいる。そんな彼から目をそらす。 「それは本心ではないでしょう」 「ええ、なんだその言い方」 呆れて笑う声がする。それと同時に、顔のすぐ横に気配を察知した。気づいたら、ノアの唇が自分の頰と重なっている。それがキスということを、ゼロは知っていた。 「嫌いなヤツにキスなんてする?」 「……それは個人によります」 今まで感知したことのない感情が生じる。同じ、というその言葉は、機械の体を持つノアだからこその重みがあり、こうして触れられることがその証明であるかのようだった。 ぼんやりと自分を見つめるゼロに、ノアはまた笑う。 「なんだよもう。そんな信用ないならさ、願い事、俺がお前を好きになるようにーとかそういうのにすれば?」 空気が変わった。少なくとも、ノアはそう感じた。ゼロの瞳がまっすぐこちらを向いていて、けれど、その視線の先には別の誰かがいる。 「そうか、もっと早ければ」 ゼロが呟いた。そして微笑んだ。 「お父さまに愛してもらえるようにと、願うことにします」 あ、と、声が出そうだった。ノアは遠に捨てたはずの痛みを感じる。 ーーもっと早ければ。 その言葉の真意を、ノアは嫌でも分かってしまう。ゼロは何よりも誰よりも父親に愛してもらいたくて、そしてその父親がすでにこの世にいないことに気づいている。 ノアはもう何も言わなかった。ゼロと同じように横になって、同じように目を閉じた。 そっと重ねられたノアの手の平を、ゼロは振り払うことはしなかった。

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