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第1話 カフェラテ

1.カフェラテ なにか作業する時は甘いカフェラテが一番だ。 提出期限の迫ったレポートを完成させようとカフェに来ていた柴田祈織(しばた いおり)は運ばれてきたばかりのカフェラテを手に取る。 カフェラテの時は濃いめの珈琲ベースが良い。 ミルクをひとまわしして入れて、砂糖を3杯。 熱いから息をよく吹きかけて少しずつ。少しずつ飲む。 「...あちっ....あちっ......ふぅ..美味し...い。...」 ふう。と息をはくと、彼の茶色い猫っ毛がふんわりと揺れた。 くせっ毛なのか髪はふわふわ。 髪の毛は襟足がネルシャツの襟に少しつく程度。 髪の毛をセットした様子もなく寝て起きてそのまま来たような様子だ。 なので、まとまりは無いがけしてボサボサではない。 髪の毛のダメージになど縁がないようなツヤツヤの髪質は思わず触ってかき回したくなってしまうほどだ。 本人は猫っ毛にくせ毛の髪を気にしているのか、はたまた考えている時の癖なのか、サイドの髪を手ぐしで繰り返し梳いている。 少し考えてから何かをパソコンに打ち込んでは消し、打ち込んでは消している。 なにやら大学生らしい彼はスラリとした長身で、白のネルシャツに紺色のくるぶし丈の少しタイトなパンツスタイル。 靴はジーンズ生地のスリッポン。 シャツの右ポケットにはなぜか直で無造作に突っ込まれた銀色フレームのメガネ。 けして洒落こんではいないがシンプルな着こなしが彼の美貌をより引き立たせた。 季節は3月後半。 染めた気配が無いのでもともと色素が薄いのだろう。 ミルクティー色の彼の髪が風にふんわり揺れた。 そろそろ春になろうとしている頃合で、桜のつぼみも花を咲かせる準備を始めている。 晴れた小春日和の今日は、ほんの少し風があるのだった。 このカフェテラスのあるカフェは柴田のお気に入りだ。 足を無造作に組みアンニュイな姿はなんとも自然体でしみじみと惹かれてしまう。 綺麗な目をしており、くっきりとした2重に連なるまつげもばっさばさで尚且つ長い。 彼のミルクティー色の髪は彼の持つ優しい雰囲気によく合っていた。 少したれ目気味な目に、目尻には控えめに涙ボクロがあり、危うげな色気さえ放っている。 伏し目がちで悩ましげ。目元の表情は実に険しい。 次の瞬間形の良い口が唐突に開かれた。 「.........う......う...っっがああああ!!!!!!」 そう。見た目は上品かつ儚げ。 だが見た目とは違い彼の中身は豪快。 つまり彼は実に大雑把な性格をしているのである。 周りの人は悩ましげにパソコンに向き合う彼にため息でもつけそうなくらいだったのだ。 先程までは。 だが今の豪快な叫びとも雄叫びとも取れる彼の声に周りはギョッと驚いた。 空いた口も塞がらないとはまさにこのこと。 うんうんと唸って少し長めの前髪をうっとおしげに掻き上げる。 それまた色気に当てられそうなほど。だが、 「...くそっ。...全然まとまんねえ。やばいやばいやばい。これは明日提出なのに。流石に...ひねり潰される。どうしよう。どうしよう。どうしたらいい!!ダメだ絶望だ!...ううう。。」 唐突に凄まじい勢いで独り言を言った後、もはや今にも泣き出しそうな様子で己の携帯を取り出し誰かに電話をかけ始めた。 「......龍......龍~!!!!俺もうダメかもしれねぇよ~...全然レポートまとまらねんだ!!あと少しなんだよ~...本当だよ...あと2ページなんだよ...」 机に突っ伏して嘆くその姿はなんとも痛ましい。 やはり彼は大学生らしい。電話の相手は彼の友人だろうか。 「......え!本当か!?......うん。......ああ。......わかった......いつもありがとうな...龍......愛してるぜー…...」 そういうと彼は項垂れたまま通話を切ると彼の携帯を無造作に机に置いた。 電話している彼の最後の一言にまた周りが凍りついた。龍とは明らかに男の名前。 男に対してこの男、最後に愛してると言い放ったのだ。 いや待てよ。世の中には男の子の名前みたいな女の子もいるじゃないか。 龍...というのも女の子かもしれない。 まわりを氷漬けにしたことに全く気づかない彼は机に突っ伏したまま。 長い足を前に投げ出してまたレポートに取り掛かる。だが姿勢は項垂れたままだ。 この男どれほどレポートをやりたくないのだ。 そしてしばらくするとまた思案顔になる。 思考の負のスパイラルに、最早これまでと半ばあきらめモードだ。 甘いカフェラテを飲み干すと、「すみません」と店員を呼んだ。 前方に粗雑に投げ出した長い足を組み直し、気だるげに頬杖をつく。 店員はドギマギと彼の元へ行くと、彼はメニューを見るともなしに見やってからアメリカンコーヒーを頼んだ。 彼は終始メニューに目を通していたが不意に顔を上げると店員と目が合った。 何事かと店員は妙に緊張してしまう。 柴田は、「んー」と言ってから二ヘラと笑った。 「...あんたのその髪留め可愛いね。手作りでしょ?いいねえ。女の子って感じ。」 自分の頭をつんつん指さしながら女性店員のつけていた控えめの花のピンを褒めた。 柴田は愛でるかの様ににっこにっこだ。 店員は顔を耳まで真っ赤に染めてかろうじてお礼をいうとフラフラと去っていく。 なにやらこの柴田という男とんだ人たらしである。 男にも女にも平等に甘く優しい言葉をはく彼であるが、何故だか自身には頓着しないらしく、豪快な性格だ。 それが幸いしたのか、容姿が天然記念物並みに美しくてもなぜだかあまり嫌味ない。 その言動いかにもナチュラルなのだ。 この人たらし、今や店の注目の的であった。 そんなことを知ってか知らずか当の本人は知らん顔で、運ばれてきた熱々のホットコーヒーに口をつける。 猫舌らしい彼は注意深く入念に何回も息を吹きかけてから少しずつ少しずつ口へ運んでいく。 そうしてパソコンをひたすら凝視しているうち、なにやらウトウトとしてきた様だった。 心地の良い日光にカフェインの効果などはもはやなく、ふわふわとまどろみの中に落ちてゆきそうになった時、 「......祈織...」 不意に後ろから肩を叩かれた。 柴田は一瞬のうちに覚醒し、バッと後ろを振り向くと彼が待ち焦がれた者が立っていた。 そこに立っていた彼はというと無表情でクールな印象。 黒髪のツーブロックにシンプルな赤いピアスが目を引く。 短髪黒髪の長身な美形だ。 彼を見るなり柴田の顔はぱあっと光が指したようになる。 「龍!!!!ありがとう!りゅう!!!!来てくれてありがとう!!!まじで大好きだ!!愛してる!!」 柴田は座ったままで立ったままの龍のお腹あたりに抱きつき今にも泣き出しそうにしている。 彼の愛してるはイタリア男のそれ並に軽い。 友人としての好きの最上級。それ以上もそれ以下の意味もないらしい。 なにやら彼らの間に恋愛関係らしいものは見受けられなかった。 そう思わせるのも、龍の表情の変わらなさからくる確信であった。 龍は柴田の一連の行動にも慣れているのか対して気にも止めず、無表情ながらも柴田の髪をグリグリとなでると彼の向かい側に座った。 少し強めに降りてくる彼の大きな手を目を細めて受け止める。 なんだか嬉しそうだ。 「......どうした。」 ツーブロックの彼は柴田を見ると短く聞いた。 「...多田ちゃんに出すレポート...明日までで......でも...終わんない!!!助けて!」 龍は椅子に座ってると腕を組んで静かに目を閉じてふーと息を吐く。 それからまた静かに目を開いた。 「...で、俺はどうすればいい?...自分で考えろ。...」 「え?......龍がやること?......だから...残りのページの内容を...一緒に考えて!?」 「...わかった......見せろ......」 そうすると龍は椅子を柴田の隣にもっていって座りパソコンの画面を覗き込んだ。 「...な?...だからここまではまとまったんだけど、最後の結論を書き出してからどうも上手くまとまらないんだ...」 柴田はノートパソコンを龍の方に向け、指をさしながら説明した。 龍も無言でそれを見つめる。 龍は少し顎に手を当てて考えると静かに口を開いた。 「......とりあえず、この書き出しをやめたらいい。こう書き出すからこのあとの展開が限られてどうにもうまくいかないんだろ。」 そう言って龍はノートパソコンに手をおくとカタカタとこの一節を消した。 「...じゃあなんて書き出せばいいんだ?...」 「...本当はお前が考えるのがいいんだが...これで渋っていたら先に進まない。時間がないからな。 とりあえず書き出しだけ書いてやるから深い内容はお前が考えろ。」 そういうと素早く書き出しの冒頭を打ち込んでいく。 「...お前はいちいちレポートで細かく説明しすぎる。 いらない説明や同じ様な説明は省け。小説を書いてるんじゃないんだ。シンプル且つ明瞭。 こんなに長ったらしく書くほうが難しそうなものだが。変な奴だな。」 「......何だよ…酷いな。補足説明いるかなとか。いろいろ考えちゃうんだよ」 龍はそんな祈織を一瞥すると、ノートパソコンを祈織に向けた。 「…ん。この書き出しだったら繋げられる。」 柴田は画面を覗き込むと打ち込んだ冒頭の流れを汲むように書き出すとあっという間にレポートを仕上げてしまった。 「.........あ!...終わった!凄い!!ありがとう龍!!!やっぱお前凄いよ!!!」 よっぽど嬉しかったのか隣に座っていた龍におもっきり抱きつく。 龍はというと呆れたようにため息をつくと、柴田の猫っ毛をまたグリグリとなでた。 彼の強めに、乱暴だけど不思議と優しい撫で方が妙に彼らしい。 柴田は彼に髪を撫でられるのが好きだった。 「...流れを示してやれば書けたということは、もともと頭の中で大まかな流れは出来ていたんだろう。 あと少しで完結させられる所で何をそんなにつまづいていたんだか...」 呆れる龍に柴田は笑顔でお礼をいうと立ち上がった。 これから家に帰って印刷しなくてはならない。 USBにデータを入れてから、カフェで会計を済ませると後ろをついてきていた龍に話しかける。 「...なー!龍!レポート手伝ってくれたお礼ついでに、家で印刷終わったらどっか食い行こう!」 そう言って振り返ると龍は「ああ」と短く返事をした。 傍から見ればそっけない返事だが柴田は気にしていないようだ。 それが彼の平生なのだろう。 その後何のとりとめもない世間話をしながら電車に乗った。

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