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さよなら、先生

学校を囲うように植えられた桜が、学園を薄紅色に染める。 ほんのりと瑞々しい香りを乗せたまだ冷たい風がふわりと頬を撫でる。 ふと何年も前の自分の卒業式を思い出して頬が緩む。 (そういえば俺は「いや、別に。卒業したところで・・・」とだいぶ冷めていたけど、親友は身体中の水分を全部出てんじゃねぇか?ってぐらい号泣していたな) 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしてた親友を俺は笑ってたっけ。 「っ・・・高坂先生!」 背後から声をかけられ、振り向く。 そこには今日も制服を着崩して、髪も相変わらず明るくて、見た目が派手で不良っぽくて・・・。 「卒業、おめでとう。新田」 でも、人一倍まっすぐで真面目な、特別可愛がっていた生徒。新田 朔夜(アラタ サクヤ)がいた。 (特別可愛がっていた、とか誰にも秘密だけど) 「あ、ありがとう、ございますっ」 走ってきたのか、肩で息をしている。 「そんなに慌てて来なくても大丈夫だぞ?そんな事より友達とか後輩といなくていいのか?」 「大丈夫、です。全部、済ませてきましたっ」 本当にそんなに焦って挨拶に来なくても大丈夫だったんだけど。 「今日で最後だな」 「そうですね」 「お前、最初は俺の事嫌いだったのにな。今では挨拶に走ってくれるまでになったとか、あの時の俺に教えてやりたいよ」 ニヤニヤしながら俺は新田の頭を撫でる。 「ちょっ!せっかくセットのに!何してくれてるんですか!」 「おー、怖ーっ」 「先生はオレを子供扱いしすぎです!」 「あはは、悪い悪い」 俺は名残惜しく感じながら手を退ける。 最初に会ったの新田が高校三年生の頃。 赤点常習犯の新田の特別講師として任命(押し付けられ)されたのがきっかけだ。 その時の新田は見た目通りの不良で、お前 親をやられたのか?ってぐらい【先生】を敵対視していた。 でも原因が自分の好きな格好をしているだけなのに【不良】【問題児】扱いされるのが嫌で、『他のやつは何も言われてないのに何でオレだけ!?』と入学当初は成績優秀者だった彼はすっかり拗ねてしまい堕落してしまった。 俺はそんな新田の変に子供っぽい所が可愛く見えた。 まあそこから何やかんやあったのだが、彼はちゃんと(見た目は変わってないけど)真面目に戻り、元々努力家だった事もあり見事第一志望の大学に合格した。 「もうこうやってお前の頭を撫でる事も無くなるんだな」 解けなかった問題が解けた時。 テストでいい点を取った時。 学校行事で頑張った時。 友達と衝突して落ち込んでいる時。 喧嘩して仲直りする時もこうやって頭を撫でていた。 「寂しいか?」 「は、はぁっ!?そんな訳ないし!寂しくなるのは先生でしょ!?先生いっつも1人だし!」 「・・・うん。寂しいよ」 俺は目を丸くした彼に笑ってみせる。 「何やかんやで毎日会ってた新田とお別れは寂しいよ」 新田の目が潤んで見える。 「・・・先生、何で急に素直になるんですか。気持ち悪い」 「お前ほんとに毒吐くよな!?もっと優しくてもいいんだけど!?」 「でも・・・その、少しだけど、ほんの少ーしですけど、オレも寂しいです。オレをちゃんと見てくれたの、高坂先生だけだったから」 新田は目元を乱暴に拭う。 俺は目に悪いぞとハンカチを渡す。 「だから、高坂先生の事 感謝してます。先生の事、絶対に忘れません。」 「ありがとう。教師として嬉しいよ。・・・って言っても俺、養護教諭だけどな」 新田は何か言いたげに俺をじっと見つめる。 ん?と首を傾げていると、その時遠くから新田を呼ぶ声が聞こえた。 「新田、そろそろ友達のとこに戻ってやれ。」 「え、でも・・・」 「先生はずっとこの学校にいるから。な?」 新田は少し俯いて、息を吐いた。 そして再び顔を上げた。 「さよなら、先生・・・」 そこには、初めて見た、涙を流しながら綺麗な笑顔を浮かべる彼がいた。 ・・・それから、7年後。 学園が薄紅色で染まる季節に、 俺は呆然と目の前の彼を見つめる。 「お久しぶりです、高坂先生。」 金髪に近い明るかった茶色の短髪は襟足が少し長い黒髪に。 やんちゃだった面影は全くなく、女性が好みそうな柔和な笑みを浮かべた、知的な印象のいかにも【仕事が出来る頼もしい男性】に変貌した彼が目の前に現れた。 「今日からまたお世話になります、新田朔夜です。」 「・・・は!?」

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