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第二章(2)
「僕は幼いころに両親を亡くしてから祖父に育てられたんだ。その祖父が絵本代わりに見せてくれたのが自分が撮った樹や花の写真でね。そのなかでも桜の写真を見せて、その美しいさまを語る祖父の顔が本当に優しくて、僕も一度でいいから本物を見てみたい、と思ったのが最初の動機。それから桜の生態を残された資料で調べるうちに、どんどんのめりこんでしまったよ」
そうなんですね、と稜弥が彩都に近寄ると、また重ねた本をひょいと抱えて持っていく。
稜弥が研究室に来てから二週間。そろそろ次のバイオ小麦の植え付けの準備に取りかかろうかというときに、彼はこの研究棟の大掃除を提案してきた。
「七瀬博士はどこになにがあるのか把握されているようですが、俺や学生たちにはここは迷宮ですよ」
確かに稜弥が来てから、薬品棚や農機具を入れている倉庫などが見違えるように整理されている。前々から宣親には時間をみて片付けるようにと言われてはいたが、どうしても実験中はそんなことに時間を取られたくはなかった。
神代稜弥はかなりの整理整頓好きのようだ。昨日から本格的に掃除を始めたが、比較的散らかりようが少なかった彩都の執務室は、あっと言う間にどこかのモデルルームのように綺麗になってしまった。
「本当に今までこの研究室をどう維持されていたんですか、博士」
「……今までは学生たちが気づいたら片付けていてくれて……。あの、それから『博士』なんて呼ばなくていいから」
手を止めた稜弥に見つめられて彩都は脊髄反射で視線を逸らす。その様子に稜弥が小さく苦笑いをした。
「わかりました。ですが先生、俺がここに来てから日も経ちますし、いい加減、目が合ったときに視線を逸らすのはやめてもらえますか。結構傷つくんです」
うう、と小さく唸った。どうにも彼と二人きりだと落ち着かない。黙って作業をしていても彼の気配が気になって、気がつけば一人で喋っている。普段は誰とも話さないことの方が多く、他人がいても聞き役に廻るのに、彼には間を持たせるためにどうでもいいことを話してしまう。今の桜の話も、実は数日前にも聞かせたような気がする。
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