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第二章(3)

「東條先生にくれぐれも『無理をさせるな、飯を食わせろ、夜九時になったら自室に押し込め』と言いつけられているんです。先生はあまり体が丈夫じゃないとも聞きました。なのに昨夜も俺が帰ったあと、一晩中温室に籠ってましたね」  ハイパーウィートと同じ遺伝配列を持つ稲の発芽を観察するために、昨日は稜弥に録画用のカメラを設置してもらったのだが、結局気になって朝まで発芽の様子を眺めてしまった。温室に朝陽が射し込んで寝ていないことに気がつき、稜弥が来る前に慌てて自室で仮眠を取ったが、彼にズバリと指摘され彩都はまた小さく唸った。 「七瀬先生は夢中になると寝食も忘れるとは聞きましたが、さすがにご自身の体のことを考えてください。今朝もちゃんと朝食を取ったんですか?」 「……食べたよ、家で」 「……ということは、またアイスクリームですませたんですね」  まるで親に叱られているみたいだ。彩都はばつが悪くて、稜弥の視線から逃れるように本を持って無駄にうろうろし始める。そんな様子が小動物のようで稜弥は笑いを堪えながら、 「今日の夕飯は一緒に行きましょう」 「えっ!?」  稜弥の突然の申し出に、彩都はドサドサと両手の本を落としてしまった。 「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。俺も家に帰って作るより、ここの学食で済ませるほうが都合がいいんです。いつも経済学部隣りの学生食堂に行かれるんですよね。先生は自炊はできないから、キャンパス内の食堂やカフェを日替わりで彷徨いているって東條先生から聞きました」  いつの間に稜弥は宣親からこんな話を聞いたのだろう。最初のころはトクシゲ化学薬品の島田の紹介だからと警戒していたのに、一週間も経たないうちに宣親は稜弥を認めたのか「暇なときは俺の仕事を手伝ってくれ」と冗談とも本気とも取れない軽口を言うようになっていた。 (確かに彼の経歴なら宣親の力になれる。もしかしたら、今よりも早く薬の成果も期待できるかもしれない) 「さあ、日があるうちに早く終わらましょう」

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