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 走ってもすぐに追い抜かれることは目に見えている。ならば木に登って笛を吹きながら助けを待つのが賢明だろう。  自分で言うのもなんだが、咄嗟に思いついたにしてはいい作戦だ。今日はなんか冴えている気がする。   ある程度の高さまで登った俺は、太めの木の枝に腰を下ろして得意げな気持ちで下の様子を見下ろした。  モンスターは唸りながら木の幹をガリガリと引っ掻いているが、こちらに登ってくる気配はない。  さっきまで恐ろしかったモンスターだが、木に登って少し心に余裕が生まれたのか、その様子が爪とぎをする猫のようにも見えた。  それがちょっと可愛く見えてついほっこりとした心地になる。 「もうちょっと大人しくて言うことをきけばペットにできたのになぁ……」  木の枝から見下ろしながら溜め息をこぼす。  この世界には癒やしが足りない。四六時中ケツを狙われて俺の心はストレスで瀕死状態だ。ふわふわもこもこに触れて少しでもいいかた癒やされたい。求む、ペットセラピー。  こいつのごわごわの毛も洗ってブラッシングすればふわふわもこもこになるに違いない。  そんなことをのんきに考えていたら、モンスターは諦めたのか木に背中を向け、来た道をとぼとぼと帰り始めた。その哀愁漂う背中に不覚にもときめいてしまった。  なんかあれだよ、ご主人様に構って欲しくて足元にすり寄ったのに相手にされなかった猫とか犬みたいな……。  ついつい撫でてやりたくなったが、相手はモンスターだ。しかもモンスターは俺の事を獲物としか見ていない。  危ない危ない。心が疲れすぎてどんなもふもふでもいいから触りたくなっている……。  自分の危機感のなさともふもふへの見境のなさに対する自戒の気持ちをこめて、首を振った。  すると、不意にモンスターが足を止めこちらに振り返った。そして今までのしょんぼりとした足取りが嘘のようにこちらに向かって猛然と走り出した。 「え? え? なんで……」  その疑問は、俺が登っている木の近くで地を蹴って高くしなやかに跳び上がったモンスターを見て理解した。  あれは獲物を諦めて虚しく背を向けていたわけではなく、助走をつけて木にいる俺を仕留めるため適切な距離をとっただけなのだと……。  そこからは全てがスローモーションに見えた。  俺の目の前まで跳んできたモンスター表情は凶暴そのもので、俺は指先ひとつ動かせず固まっていた。  そんな俺の肩にモンスターが体当たりして、モンスターもろとも木から地面へ落ちた。

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