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「……えーっと、ドゥーガルドもよくたくさん果物を採ってきてくれたな。ありがとう」
頭を撫でながらとりあえず礼を言う。
腰を屈めてくれているので撫でやすくはあるが、自分より大きな男の頭を撫でるというのは何だか落ち着かない、というか違和感しかない。
だが、ドゥーガルドには違和感は微塵もないようで、嬉しそうに頬を緩めている。
しかし欲望というものは尽きないらしい。
「……もう一声」
「いや、なんでそこで値切りの常套句!?」
「……クロと同じくらい褒めて貰わないと満足できない」
「えー、面倒くせぇ……」
だが満足しないとその頭を引きそうにない。それにこんなことでへそを曲げられた方が面倒なので、仕方なく賛辞の言葉を捻り出す。
「えっと、あんな美味しそうな果物見つけられてすごいなー。さすがだなー。尊敬するなー」
ほぼ棒読みだが、それでもドゥーガルドは嬉しいようで、ぱたぱたと大きく揺れるあるはずのない尻尾まで見えてきた。
「……それから?」
「ええっ? まだ満足しないのかよ……。えっと、それから――」
「わふっ」
いい加減、言葉が尽きてきたところで、クロが間に割り込んで、俺の腹にぐりぐりと頭をこすりつけてきた。
まるでこっちも構えと甘いているようだ。
「ちょ、ちょっと、クロ、くすぐったいってば。ふふっ、お前は本当に甘えん坊だなぁ」
「わふっ」
あまりの可愛いかまってちゃんに目尻を緩めてその頭を撫でると、クロは嬉しそうに一吠えした。
「……ソウシ、俺への褒美がまだ途中だが」
クロと二人の世界に入った俺を引き戻すように、ドゥーガルドが若干不服気味に言った。
「えー、もういいだろ。あれだけしたら十分だ。はい、サービスタイム終了」
「……分かった。じゃあ今から魚を獲ってくる」
「何がどうなってそうなった!?」
明らかに思考回路のどこかでバグが起こったに違いないと確信させるほどの唐突さだ。
「……ソウシは果物より魚が好きなのだろ。だからクロの方をたくさん褒めた。それなら魚を獲りに行くより他にない」
「いやいや、他にあるだろ! というか動物に対抗するな!」
人間のプライドを持て!
そして褒め方に差があるのは、果物より魚が好きなわけではなく、単にドゥーガルドよりクロが可愛いからということに他ならないのだが、どうしてそこに気付かないんだ……。
「……ソウシに一番頼られ褒められるのはこの俺だ。この座は他の誰にも譲れない」
「いや、今まで一瞬たりともその座にお前がいたことないけど!?」
なんで人のケツを狙って警戒されている人間がそこまでの自信を持てるんだ!?
この長年守ってきた王座は絶対誰にも渡さないって感じの王者の貫禄を醸し出すのはやめろ。
「……夕食までには戻ってくる」
「いや、もうここに夕食あるからいいって!」
「……それは他の奴らの夕食だ。ソウシの夕食は俺が獲ってくる。その雑魚よりも大きな魚をな」
「いやいや、このでかい魚より大きい魚を川で獲れるわけないだろ! というかもう暗くなるし……って、全然聞いてねぇ! ちょ、ちょっと待て! ハウス! ハウス!」
俺は犬に言うようにして呼び止めたが、遠退くその勇み立った背中が止まることはなかった……。
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