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「ちょ、くすぐったいって」 「わふっ」  笑ってクロをたしなめるが、俺が本気で嫌がっていないことなどお見通しのようで尻尾を振りながら楽しそうに口元を中心に俺の顔を舌で撫で回す。 「もー、クロは本当に甘えん坊だな」 「わふっ、わふっ」 「……ソウシ」  完全に二人の世界に入って戯れていると、いつの間にか俺の頭上でドゥーガルドが膝立ちになって、こちらをじっと見下ろしていた。  俺を映す真っ黒な瞳に感情が見えず少し怯む。しかしそんな俺など気にも留めず腰を曲げて屈み俺の頬を両手で包んだ。そしてクロから俺を奪うように無理やり上を向かせると、唇を重ねてきた。  ……は? は? はぁぁぁぁぁ!?  不意打ちのキス、しかも舌まで口の中に入れられ慌てふためく。  なに人前でキスしてんだよ! いや人前でなくとも嫌だけど!  抗議の意味を込めてドゥーガルドの腕をバンバンと叩くが効果はない。かろうじて鼻で呼吸はできるけれど、人前でキスをされている恥ずかしさと混乱から息が上がる。  全く離れる気配のないドゥーガルドにじたばたと抵抗していると、 「グルルルル……ッ、ガウ!」  威嚇するようにクロが吠えて、次の瞬間にはドゥーガルドの頭に噛み付いた。 「ク、クロぉぉぉぉぉ!」  さすがにこれはいかんと声を上げる。 「ちょ、ちょっと、ストップ! クロ、それはアウト! アウトだから!」 「……大丈夫だ、これしきのことで俺達の愛の営みは邪魔されない」 「いやっ、お前頭から血が出てるからな!」 「……ソウシとキスをするためなら頭の一つや二つくれてやる」 「いや、頭はくれてやったらだめだから!」  己の総本山をそんな簡単にくれてやるな! というか、俺とのキスにどれだけの代償を払うつもりなんだ!? 重い! 重すぎる! 「グルルルル……ッ」  頭に噛み付いたままクロが唸る。 「クロ、もう離してやろうよ!」 「……ふふ、俺とソウシの深い仲にヤキモチを焼いているようだ。可愛いものだ」 「頭からそんな血を流してよく笑ってられるな!?」  なんなんだ、その余裕は!?  流血が心配なのもあったが、本当に俺とのキスのためなら頭などくれてやるというような執着にゾッとして何とかドゥーガルドから離れると、クロもようやく頭から口を離した。 「そういえば前に聞いたことがあるけど、先住犬が新しく来た猫を噛み殺したっていう事件があったらしいよ~」 「今このタイミングでその話言う!?」  いや、ある意味タイムリーな話題かもしれないけど……! 「……フッ、嫉妬されるという事は俺の存在が脅威だという事、つまり俺の方が優勢だという意味だ」 「いや、動物と張り合うな! というか早くお前は止血しろ!」  頭から血を流しながら不敵な笑みを浮かべるドゥーガルドに、俺は慌てて包帯や消毒を荷物から漁った。  なんで言葉が通じない動物より、言葉の通じるはずの人間の方が手がかかるんだよ……。  荷物の中を探りながら俺は小さく溜め息を吐いた……。

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