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「……昔、本当に昔なんですけど、百年前ぐらいに十二匹の黒い獣を従えてこの辺一帯を荒らしていた魔法使いがいたんです。魔法使いと言ってもやってることはほぼ盗賊と同じようなもので街の人達は本当に困っていたそうです。それで――」
「白の魔法使いがそいつをやっつけてくれたんだよ!」
まるで自分の手柄のように得意げに鼻の穴を膨らませて少年が言葉を継いだ。
反省の色を見せない少年にすかさず母親が頭をぺちりと叩いた。
「アンタは黙ってなさい。……この話は昔から語り継がれていて、それでこの街の人達は黒い獣をあまり好ましく思っていないんです」
「なるほど……」
ようやくクロに対する嫌悪の視線の理由が分かった。分かっても腹立たしいことには変わりないが。
俺は少年の方にくるりと向き直った。
「言っとくけど、クロはその黒の使いとは全く関係ないからな」
「……でも黒の使いはご主人様の仇をとるためにまたこの街にやってくるってお話でいってたもん」
唇を尖らせてごにょごにょと子供だましみたいな言い訳を連ねる少年に、俺は溜め息を吐いた。
「それは昔話だろ。しかも百年も前も。そいつらもとっくに死んでるよ。とにかくクロは無関係だから。こいつはすげぇもふもふのいい子だから二度と石とか投げるなよ」
「もふもふ?」
語感が柔らかなそのワードに少年が首を傾げた。
「そう、最高のもふもふの毛並みなんだぞ。このもふもふに包まれたら一瞬で眠れるくらいすごいぞ」
「へぇ……!」
胸を張って自慢すると、少年がキラキラと目を輝かせてクロの毛並みを見詰める。
「触ってみるか?」
「い、いいの?」
おずおずと、でも期待を込めて少年が訊き返してきた。
「いいよ。その代わり、ちゃんとクロにさっき石を投げたこと謝ってからな」
「う……」
少年は口ごもって少し間を置いたが、すぐにクロの前に立って頭を下げた。
「さっきは石を投げてごめんなさいっ。もう投げません」
「クロ、どう? 許してやる?」
「わふっ」
ゆったりと尻尾を振ってクロがひと吠えした。
「許してくれるってさ。それじゃあ仲直りってことで、撫でていいよ」
「わぁ……!」
少年はわくわくした表情で、お座りしたクロのわき腹付近をそろそろと撫でた。
「すごい! 本当にふわふわだぁ!」
顔まで寄せて毛皮に埋もれようとする少年はすっかりクロの虜のようだ。
「へへっ、だろう? クロのもふもふは最強なんだぜ」
誇らしい気持ちで胸を張っていると、
「ぼ、ぼくもさわりたい!」
「わたしも!」
クロを触る少年の姿を見て耐えられなくなったように次々と子ども達がやってきて俺の周りを囲んだ。
予想外の事態に少し戸惑う。
「え、あ、えっと、いいけど、乱暴に触ったらだめだからな」
「わかったー!」
俺の注意に子ども達は笑顔で頷き次々とクロの体に手を伸ばした。
さっきまで疎まれていたはずのクロの周りにはあっという間に子ども達の輪ができ、その姿は人気者そのものだ。
中には大人までやって来て触る者もいた。
「お、なんだこの人だかり」
気付けば背後にアーロンが立っていて、クロの周りにできた人だかりを興味深そうに見ていた。
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