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「……婆さん、昔話に囚われるのは勝手だが、こいつに手出しするんじゃねぇ。こいつは俺の所有物だ。文句あるなら俺に言え」  淡々とした口調だが言葉の端々に圧が感じられる声でアーロンが言うと、老婆は少し怯んでその杖を不承不承といった感じで降ろした。  しかしそれでは老婆の沽券に関わるのかクロに群がる子どもや大人に険しい表情を向けて怒鳴り始めた。 「他の者も黒の使いに惑わされるでない! 黒の魔法使いがこの街にしたことを忘れたか!」  老婆の一喝にみんな体を竦めて、蜘蛛の子を散らすようにその場から立ち去って行った。  その様子に腹の虫がおさまったのか、フン、と鼻を鳴らしてから俺達に背中を向けて去って行った。 「すごいパワフルなおばあさんだったね~」  老婆に直接怒りを向けられていないチェルノはのんきに笑って言った。 「パワフルとかそんなんじゃねぇよ! めちゃくちゃ怖かったんだけど!」 「つーか、あの婆さんのせいでせっかくのビジネスチャンスが台無しになっちまった」  チッ、と舌打ちをするアーロンを見ながら、老婆は怖かったがある意味入ってきてくれて良かったかもしれない、と小さく溜め息を吐いた。  ****  買い物を終えて、あとは宿でゆっくり……と思っていたのだがことの他、宿探しが難航した。  この街に浸透している嫌な昔話のせいでどこに行っても門前払いを喰らってしまうのだった。  薄情なアーロンは「俺は疲れてるからここに泊まる。その駄犬のことが落ち着いたら速攻で俺の部屋に来い」とふざけたことを抜かして、早々に宿を決めてしまった。  何軒も断られ途方に暮れていたが、宿の裏にある小さな物置小屋でよければ、とクロの寝床を提供してくれる人が現れた。 「俺は成人してからこの街にきたからな。そんな子供だましみたいな話信じてねぇから安心しな」  宿屋兼酒場の『アンジェリア』の店主であるゲルダさんは、その厳つい見た目通りの豪快な笑いでもってそのふざけた言い伝えを一蹴し、俺達を歓迎してくれた。 「よかったぁ……」  もしかすると宿が見つからないかもと不安でいっぱいだった俺は、ゲルダさんの快諾にその場にへなへなとしゃがみ込んだ。 「宿が見つかってよかったね~」 「やっと腰を落ち着けられるね、チェルノ」 「……よかったな、ソウシ。それじゃあ今日は部屋でゆっくり過ごそう。店主、俺とソウシは同室で」 「いやっ、俺はクロと一緒に寝るから!」  当然のように同室を希望しながら俺の肩をそっと抱き寄せようとしたドゥーガルドから、全身の瞬発力をフルで発揮して逃れる。 「……ソウシ」  しゅん、と捨てられた犬のような表情をするドゥーガルドに一瞬良心が痛んだが、忘れてはいけない。  こいつは犬は犬でもむっつりスケベの万年発情期みたいな犬なのだ……。 「と、とりあえず俺はクロと一緒に小屋で寝ますんで! 宿代ちょっと値引きしてやってくださいね、あははは!」  ドゥーガルドのじくじくとした視線を振り払うように空笑いしながらふざけて言うと、ゲルダさんが何か閃いたように「あ!」と声を上げた。  そして俺に向かってにやりと悪戯っぽく口の端を上げた。 「宿代についてなんだが……、俺のお願いをきいてくれたら特別サービスで犬と君の宿代をタダにしてやるぜ」 「え?」

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