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『アンジェリア』は一階が酒場、二階が宿となっていて、酒場はゲルダさんの作るつまみが好評らしく、日が落ちる頃にはすでに満席となり賑わっていた。
カランカラン、と酒場の扉のベルが鳴ったので俺は振り返った。
「いらっしゃいませ!」
俺は空になったジョッキを持ったまま、やってきた客二人に駆け寄った。
「お、見掛けねぇ顔だな。新入りか?」
大柄の客が軽く眉を上げた。
「今日一日限定です。よろしくお願いします」
俺が苦笑いしながらぺこりと頭を下げると、もう一人ののっぽの客が「あれ? エミリーは今日休み?」と店を見渡した。
「あ、そのエミリーさんが急遽来れなくなったので代わりに俺が入らせてもらってます」
今日一日で何度も口にした説明をすると、男達からこれまた今日一日で何度も見てきた反応が返ってきた。
「えー、マジか! エミリーがいないなんて
この店の八割の良さが削がれてるみたいなもんじゃねぇか……っ」
「おい、ゲルダ、どうせ代わり入れるならエミリーみたいに可愛い女の子連れて来いよ」
のっぽの男は明らかに落胆して肩を落として、大柄の男はカウンター向こうのゲルダさんに笑って冗談っぽく文句を言った。
俺は何とか笑いつつも、客が揃いも揃って同じ反応をするのでいい加減げんなりしていた。
エミリーさんは相当可愛い子らしく、この店の人気ウェイトレスのようだ。
彼女が体調を崩して来られないということで、宿代をタダにしてもらうことを条件に俺が一日限定でウェイターをすることになったのだが、思いの外、人気のある彼女の代わりはプレッシャーがすごかった。
「うるせぇ、ここは女と仲良くする店じゃねぇ。酒と俺の料理を楽しむための店だ。文句がある店なら他の店に行きな」
しっしっ、と野良猫でも追い払うように手を振るゲルダさんに男達は「常連様にその態度はねぇだろ」とケタケタと笑いながら、勝手知ったる様子でカウンターの席に着いた。
「兄ちゃん、ビールひとつ頼む」
「俺は葡萄酒」
「はい、かしこまりましたっ」
空のグラスをカウンター内に置いてから、注文された酒を新しいグラスに注ぐ。
ゲルダさんから頼まれているのは、注文をとることと、酒や料理を客へ運ぶことだけだが、それが意外に大変だった。慣れない接客に荷物持ちとはまた違った疲れが体に溜まるのを感じた。
ああ、早く小屋で待つクロに癒やされたい……!
小さく溜め息を吐くと、ゲルダさんが俺の頭をポンポンと撫でて「忙しくさせて悪いな。でもすごく助かってる。あとでうまいもん食わせてやるからな」とニッと人好きのする笑顔で労ってくれた。
こういう優しい労りの言葉をくれる常識人があのパーティーにはいないので、思わずじーんときて目頭が熱くなった。
ゲルダさん、マジでいい兄貴感半端ない……!
「はいっ、楽しみにしてい――」
「……注文を頼む」
大きな声ではないが確実に自分に向けてのものだと分かる声が遮るように俺の元に届いた。
慣れない仕事でミスも多いので笑顔だけは忘れないようにしようと必ずお客さんには笑顔で接しているのだが、この男にだけはどうしても笑顔を作れなかった。
俺はうんざりとした表情のまま呼ばれた席に向かった。
「はーい、ご注文はなんでしょーかー? ……というか飲み過ぎだろ。そろそろ部屋に戻れば?」
テーブルに隙間なく並ぶグラスを見ながら、俺は呆れ気味に言った。
これだけの酒を飲みながら少しも顔色を変えずドゥーガルドは不敵に微笑んだ。
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