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結局、通行人からお金を徴収し終えたのは昼過ぎで、それから出発したのであまり進むことはできなかった。
日が暮れる前に、森の少し開けた場所に寝床をこしらえ野宿の準備をした。
夕飯は、討伐代の代わりに食料をくれる人もいたおかげでいつもより豪華だった。
ふわふわのパンに新鮮な野菜と肉汁が滴るほど炙った厚いハム、そして蕩けるチーズを挟んだサンドは絶品だった。
「うわぁ、美味いなぁ!」
「わふっ」
火を囲いながら俺達はクロのおかげで手に入った食事を有り難く頂いていた。
隣では商人に貰ったワインをアーロンがぐびぐびと飲み上げている。――ちなみにドゥーガルドは昨日の酒がまだ残っているようでダウンしていた。クロ以外、特にアーロンが俺の傍にいることをよしとしないドゥーガルドが今の座席配置を見たら即刻割り込んでくるだろう。
「やっぱり犬っていうのは便利でいいなぁ!」
顔に酔いの赤さを滲ませながら上機嫌でアーロンが言った。
最初はクロが仲間になることに断固反対していたくせに、と腹の中で唇を尖らせつつも、蒸し返しても面倒な事になるので黙ってサンドを口に押し込んだ。
「それにしてもクロちゃんすごい特技だね~。グーロを声だけで撤退させるなんて~」
もぐもぐとサンドを食べながらチェルノが褒めたので、俺は得意げになった。
「へへ、すごいだろ」
「うんうんすごい~。……でもクロちゃんって本当にただの狼なのかな~?」
チェルノのどこか意味深な響きを持った言葉に眉を寄せる。
「どういう意味だ? まさかチェルノまであの街の連中みたいに黒の使いとか言うつもりじゃないだろうな」
「違うよ~。でもクロちゃんって、ただの獣にしては賢いし今日みたいな特技もあるし、不思議な生き物だなぁと思ってさ~」
チェルノはそう言って、膝の上に顎を乗せてじーっと興味深そうにクロを見詰めた。しかしクロはチェルノの言葉も視線も気にせずに、ガツガツとハムの丸焼きを食べている。
確かにチェルノの言う通り、普通の動物にしてはこっちの言っていることも理解しているようなので、かなり賢いことは間違いない。
俺はファンタジーな世界なのでてっきりこれが標準だと思っていたが、チェルノの反応を見る限りクロの賢さは特殊のようだ。
「まぁ、でも賢い分にはいいじゃん。今日みたいにすごく助かるし」
「そうだそうだ! バカの役立たずより、賢い方が金になるからな! この調子でがんばれよ!」
酔っ払ったアーロンが調子よく言って、クロの背中をポンポン、と軽く叩いた。
クロはすごく嫌そうに「グルル……ッ」と唸ったが、酔っ払いには通じないようで陽気に笑って酒をさらに呷るばかりだ。
「あー、酒が美味い! 夜空もきれいで最高! これで雲がなけりゃ今日は満月がきれいだっただろうになぁ」
ヒクッとしゃっくりをしてアーロンが夜空を見上げた。
確かに昨日の月は満月寸前までの丸みがあったから今日はきっと満月だろう。残念ながら薄い雲がかかっているせいでその姿は見ることは出来ないが。
それにしてもアーロンにそんな風情を感じる心があったとは意外だ。
驚き混じりに感心していたが、
「満月は女の性欲が高まるからな。最高のセックス日和だ」
風情とはほど遠い下品な豆知識を口にしながら、俺のケツから腰を撫で上げた。
「ぎゃぁ!」
不意打ちのセクハラに思わず声を上げると、クロがすぐさま立ち上がり「グルルルル……ッ」と威嚇体勢に入った。
「そんなに唸るなよ。こえーこえー」
降参とでも言うように軽い調子で片手を上げて、また酒を呷るアーロン。
こいつ絶対俺の世界だったらセクハラで訴えられてんな……と軽蔑の眼差しで奴を睨みながら、興奮しているクロの背中をよしよしと撫でて宥めた。
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