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「は……っ、ンぁ……」  快感を深めて舌が交わるほどに、甘い息継ぎと唾液、そして理性が口から零れ落ちた。  体を引き剥がしたいのに、まるで俺の動きなどお見通しだとばかりに手はクロの大きな手によって地面に貼り付けられ、自由を奪われる。  せめて手だけでも拒絶の意思を示そうと、掌の内でもがいてみるけれど、まるで恋人のような甘い所作で指を絡めとられ、必死の抵抗すら恋人の戯れに塗り替えられてしまう。  漏れ出る声に劣情の色が滲み始めると、クロは一旦唇を離した。  キスの甘い心地が尾を引いてぼんやりとなる俺を見下ろしながら、くすりと笑う。 「キスだけでこんなに真っ赤になって、可愛い……」  愛おしげに言って俺の頬をするりと撫でる。  キスだけで、という言葉にさらにその先を予感して、俺は慌てて自由になった唇を動かした。 「ク、クロ! ちょ、ちょっと待って! 一旦落ち着こう! 落ち着いて俺の話を聞いてくれ! 俺は男だから子どもを産む気はないし、女の子が好きだっ」  何とか諦めてもらおうと俺はクロの子どもを産めない理由を並べる。  すると今まで穏やかな表情だったクロがぴくりと眉を顰めた。 「……好きな女がいるのか?」  射刺すような鋭い視線を向けられ、小心者の俺は思わず首をぶるぶると横に振った。 「い、いや、今いるわけじゃないけど、後々ね、できるだろうし、まぁ、基本的には俺は女の子が好きなわけで……」 「じゃあ女が好きということは、つまりあの男達にも好意はないということだな?」 「え?」  しどろもどろの俺の言い分を打ち切るように被せてきたクロの言葉に俺は目を丸くした。 「あの男達って……」 「あの下品で野蛮な金髪の男と、ソウシにやたらとつきまとう薄気味の悪い黒髪の男だ」  口にするのも忌ま忌ましいとでもいうように顔を顰めてクロが言った。  恐らくアーロンとドゥーガルドのことだろう。ひどい言われようだが、まぁ事実なのでフォローのしようもない。 「いや、あの二人のこと好きとか絶対ないから」  的外れな問いに呆れながら答えると、クロの眉間に刻まれた不機嫌さが霧散した。 「そうか、ならよかった。懐胎の呪術は他を好いている者には使えないからな」  尻尾をゆらりと揺らして上機嫌に笑むクロに、俺は慌ててストップをかけた。 「ちょ、ちょっと待った! 確かにアーロンとドゥーガルドは好きじゃない! でもだからってクロのことが好きってわけでもないからな!」 「……ッ、ソウシは私のこと、嫌いなのか?」  しゅんと尻尾と耳が垂れ下がり、明らかに傷ついた様子のクロに、俺の良心が締め付けられる。  ……って、だめだ、だめだ! 流されちゃだめだ!  俺はブンブンと頭を振って流されかけた心を元の位置に戻し、仕切り直した。 「いや、別に嫌いってわけじゃなくて、ただクロの子を産むことは無理ってだけで……」 「そうか、やはり私のような呪われた者の子など産みたくないか……」 「い、いや、そういう意味じゃなくて……っ」  悲しげに伏せられた瞼に滲む憂いに、良心がチクチクと刺される。 「言っとくけど、クロのことは大好きだし呪いとか全然関係ないからなっ」 「じゃあ何も問題ないじゃないか」 「いや! 俺の気持ちと性別の問題!」 「でもソウシは俺の事好きで、性別も懐胎の呪術を使えば別に何の問題にもならない」  何が問題なんだ? と本当に全く分からないと言わんばかりにきょとんとなっているクロに俺はいよいよ頭が痛くなった。

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