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第1話 屋上の彼
坂上終夜には、最近気になっている人がいた。
気になっていると言っても、恋愛感情とかの意味ではない。ただの興味だ。
(今日もいるんだろうな)
八時二十五分、HRまであと五分というギリギリの時間に終夜は、のんびりと校門をくぐった。校門に立っている先生が早くしろーと声をかけているけど、気にするそぶりもせずにいつものように校舎の屋上を見上げる。
(いた……)
終夜が見上げた先にいたのは、一人の男子生徒。距離が遠いせいか、はっきりと姿を捉えることは出来ないけれど、黒髪で男子制服を着ていることは、かろうじてわかる。
あの人は、いつもああやって登下校の時間になると屋上から歩いている生徒を見ていた。
そして、終夜も彼を見ながら学校の中に入るという日課を繰り返している。
彼を見つけてどれくらいの時が経っただろうか。桜の花がすべて散り落ちる時期から桜の花が蕾になる時期に変わるくらいの時は経っている。
そんな長い時を彼は今日も、屋上でなにをするのでもなく、ただジッと登校する生徒を眺めているのだ。
(寒くねぇのかな)
花に蕾がついたといってもまだ二月。マフラーもいまだ手放せないくらい寒いというのに、彼は制服以外身につけず屋上に立っている。彼が風邪をひいてしまはないか終夜はそれが心配だった。
ジッと彼を見ながら歩く終夜と彼の視線がカチリと音を立てて交わった。つい歩く足を止めしまった終夜に、彼はヒラ、ヒラ、と手を振った。
(俺……か?)
終夜は手を振られたのをみて、辺りを見回す。歩く生徒はまばらで、どの生徒も視線を下ばかりに向けていて、屋上に視線を向けているものは一人もいなかった。
自分にだったのだと確信して、もう一度屋上に視線を戻した。彼はもう、手を振ってはいなかったけれど振り返してくれるのを待つかのようにジッと終夜を見つめている。
いざ、手を振り返そうと腕を動かしたその時、ドンッ、と誰かに強く背中を押された。前へと倒れそうになるのをなんとか堪えて後ろを振り向く。
そこには「よっ!」と笑顔で挨拶する友人が立っていた。
「ボーっとして、どうした? 遅刻するぞ」
遅刻という言葉にそっくりそのまま友人に返したくなったのを堪えつつ、終夜は屋上を指差した。
「いや、屋上に、人がいて」
「屋上? なんもねぇーじゃん」
友人の言葉に自分で指した方向に視線を向けた。さっきまでそこにいた人はもうどこにもいなかった。ただ、屋上のフェンスと青色の空が見えるだけだ。
時間も時間だ。急いで教室に戻ったのだろうと終夜は自分に言い聞かせる。
「えー、なに、ユーレイでもみたのか? こわっ」
こわいと言いながらもゲラゲラとおかしそうに友人は笑う。その横で終夜は顔を青くしながら、戻っただけだ、戻っただけだとひたすらに言い聞かせていた。こんな寒い空の下あんな薄着でいられるのは、やはりありえないのではと考え始める頃には、終夜と友人はいつのまにか教室へとたどり着いていた。
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