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第2話 ユウレイの真実

 空が白み始め、日が昇りだんだんと明るくなっていく。終夜は、窓からその景色を眺めつつ大きく背伸びをした。  どこか遠くから犬の鳴き声が聞こえ、小鳥たちの鳴く声が響く。聞こえるはずのない空気の音さえ聞こえてしまいそうなほど、朝の住宅街は静かだった。  終夜は、机の中から買っておいた十字架のネックレスと父の書斎にあった聖書を取り出してカバンの中へとしまう。 「これだけじゃ足りないか……?」  十字架に聖書以外で幽霊に効果のありそうなものを考える。あるものが浮かんだ終夜は、冷蔵庫からそれを取り出すとカバンの中に放り込んだ。  終夜は、今日こそ屋上の彼が何者なのか確かめることに決めた。いつもより早めに起きたのも、こうして幽霊対策をしているのもそのためである。 「よし、行こう」  十字架を首から下げ、鬼退治にいく桃太郎のような凛々しい顔つきで終夜は学校へと向かった。  向かったのはよかったのだが、屋上に繋がるドアの前に立った瞬間、終夜の顔は情けないものに変わっていた。だらだらと冷や汗を流し「大丈夫、大丈夫」となんども呟いている。  いつものように、彼が屋上にいたことも確認済み。あとは、このノブを回して押すだけだ。  ドクン、ドクン、と胸が壊れそうなくらい脈うっている。ゴクリと唾を飲み込むと一気にドアノブを回した。  ガチャンッ、と大きな音を立ててドアが開くとそう思っていたのに予想とは大きくはずれ、そのドアはかたく閉ざされていた。 「えっ?」  終夜の表情が一気に青くなる。いま起きていることが信じられなくて、終夜は何度もドアノブを回した。けれども、扉は開かない。鍵がかかっているのだ。 「じゃあ、やっぱり」  ここにいた彼は、幽霊なのか。そんな考えが終夜の頭をよぎった。  あとから考えれば、内鍵を閉めただとかもう自分の教室に帰っただとか鍵が閉まっている理由を色々思いつくのに、動揺していたのか終夜には、最初から鍵はかかっていて彼は幽霊だからあそこにいられるのだとそう思ってしまった。 「なーにしてるの?」 「ぎゃーーーー!」  突然、背後から声をかけられ、驚かされた猫みたいに終夜は飛び跳ねた。そのまま壁際へと避難してギュッと目をつむる。 「あはは、なにその、驚き方」  おかしい、と笑い声が聞こえ、終夜はそっと目を開いた。  人だ。目を開いた先には、口もとを隠して顔を背けながら笑う黒髪の男性が立っていた。  隠す指先の隙間からチラチラと歪んだ黒子が覗き、終夜の心臓はドクリ、と大きく鼓動をうった。  彼は気が済んだのか、大きく息をはくと終夜に視線を向けてニッコリと笑ってみせた。 「やっぱり、来たね」 「え?」 「昨日、目が合ったから、そろそろ来るかなって思ってたんだ」  彼の言う意味がわからず、終夜は頭の中で彼の言葉を並べた。  そろそろ来るかなって思ってた  昨日、目が合った (昨日…………)  昨日、目が合ったのは友人に先生に……それに屋上の彼。  そこまで整理して、目の前の誰であるのか検討がついた。  検討がついた終夜がまず先に確認したのが……。 (足は…………ある)  彼が幽霊かどうかだった。足はあるし、ういているわけでもないので彼は幽霊ではないことが確認できて、終夜はホッと息をはく。  もし、この世に足のある幽霊がいるのであればまた別の話だが……。 「話、きいてる?」 「えっ!? ってうわぁ!」  考え事をしている間に、いつのまにか彼の鼻と終夜の鼻がくっつきそうなほど近づいていたことに気付いた。  終夜はとっさに後ろへ下がろうとしたけれど、後ろは壁で下がることなどできない。  そんな様子の終夜が面白かったのか、彼はまた口もとを隠して楽しそうに笑う。  彼の手がちょこちょこと動くたびに口元の黒子が見え隠れする。思わず、終夜の喉がゴクリと鳴った。 (いや、ゴクリってなんだよ)  男相手に喉がなるのはおかしいと終夜は、わきあがってきた邪な気持ちを振り払うように首を振った。  自分が何のためにここにきたのか、思い出した終夜は拳を握るとそれをギュッと締め付けた。 「あ、あの……」 「ん?」  あまりの緊張に声が裏返った。  首を傾げる彼が心なしかキラキラして見える。 ちらりとシャツから鎖骨がこちらを覗いているのを見つけてカアッと顔が熱くなった。 (あれ、何を聞こうとしたんだっけ……)  あまりの熱さにぐるんと世界がまわる。何もかもが頭からふっ飛ぶくらい、彼の行動の一つ一つつ思考が振り回されていた。 「どうした?」  心配そうに彼の顔が近づいて、彼の細く長い指が頬に触れなのを感じて、とうとう終夜の思考は大きな音をたてて破裂した。 「あの、と、ともちっ……友達になってください!」  しん、と辺りが静かになり終夜は、自分がなにを言ってしまったのか気づいて、赤くなっていた顔がさらに赤くなり、まるでゆでダコのようになる。  緊張のあまり噛んでしまったし、聞きたいことがいつのまにかお願いしたいことに変わってしまっている。 「あ、えっとその……ほんとは、違くて……」  その場をなんとか取り繕うと必死に喋る終夜を見て、彼は堪えきれないというように大きな声で笑った。  ひとしきり笑ったあとで、彼は瞳から流れた涙を拭うとポカンとしたいる終夜に手を差し伸べた。 「いいよ、友達になろうか」  ニコニコと手を差し伸べる彼が握手を求めていたことに気づいた終夜は、ギュッと心臓を直接鷲掴みにされたかのように痛んだ。 「よろしく、お願いします!」  痛む心臓を無視して、彼の手に触れる。  その瞬間、先ほどとは違う暖かく甘い痛みが心臓から伝わるのを感じた。  締め付けられるほど痛む心臓の意味も、甘く痛む心臓の意味も今はまだ知らない方がいいのだと終夜は思った。 「え、ユウレイ?」  彼と友達という立場になって、一緒に屋上から登校する生徒を眺めるようになって数日。終夜は、やっと一番聞きたかったことを彼に聞くことができた。  突然の問いに、彼はしばしキョトンと終夜を見つめては長いまつ毛を何度も瞬かせた。 「それ、俺のあだ名だよ」 「え?」 「礼場幽……それが俺の名前、自己紹介してなかったっけ?」  そういえばしていなかったと思い出し、終夜はなんども首を縦にふった。 「ごめん、ごめん。じゃあ改めまして、三年A組の礼場幽。周りからは名前と名字からとってユウレイなんて呼ばれてるよ」 「あ、俺は、二年D組。坂上終夜……です」 「じゃあ俺の方が、年上だ」  そう言って登校する生徒を見下ろす彼の……幽先輩の表情は消えてしまいそうなほど儚く、悲しげだった。  もうすぐで、桜の蕾が咲き始める。

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