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第3話 卒業式と約束
季節は、雪解けの春。ピンク色の花びらをつけた桜が花開き、ひらりひらりと舞いおちる。
屋上から見えるのは、たくさんの生徒。胸元に白い造花をつけて生徒同士で写真を撮りあっている。
今日は、三年生の卒業式だった。
在校生は、卒業式に出る義務はないけれど坂上終夜は、式の間中この屋上で外を眺めていた。
三年の卒業式、つまりはこの屋上のユウレイが、卒業を迎える日。
ユウレイこと、礼場 幽とは、ほんの一カ月という短い間だったけれど長い間一緒にいた友人よりも濃い時間を一緒に過ごしたと終夜は思う。
「きてたんだ、終夜」
「ユウレイ先輩」
制服をきっちりと着こなした幽が屋上に現れた。卒業式という特別な日にも、幽は変わらず彼らをこの屋上から見下ろすつもりなのだろう。
彼の胸もとに卒業生の証である白い造花が目に入り、終夜の胸がギュッと痛んだ。
会った時と何も変わらないけれど、一歩先へと進んでしまう幽。たった一年という差がもどかしく感じた。
二人の間に春の暖かい風ではなく、冷たい風が吹いた。幽の少し長い黒髪が風に揺られる。
「先輩、卒業……」
「そんな顔で言わないでくれる?」
おめでとうの言葉を幽は遮る。
いまにも泣き出しそうに笑う終夜に、幽はゆっくりと近づいた。
幽と終夜の距離が手を伸ばせば届く距離にまで近づくと幽は、風に揺られる髪を耳へとかけ、終夜の頬を両手で包んだ。
「まるで、お別れを言われてしまうみたいだ」
「え?」
「終夜とここで終わらせる気なんて、俺にはないよ。終夜は、違うのかな?」
幽は怒っていた。笑顔を終夜に向けているが、それがつくられたものだと彼の本当の笑顔を見てきた終夜はすぐにわかった。
「俺も、ユウレイ先輩とはまた会いたいって思うよ。でも……」
幽は卒業してしまう。学校という箱から出てさまえば、彼との接点などなくなってしまうのだ。そうなれば会うことも難しくなる。
視線を下に向け、顔を隠す終夜に幽はポンッと彼の頭を撫でた。
「会いたいと思うなら、会えばいい」
「せんぱ……い?」
顔をあげた終夜は、耳元あたりに妙なくすぐったさを感じた。おそる、おそる、そこに触れるとカサリ、と音がなった。
「へぇ、案外似合うね。かわいい」
「なっ!」
彼にいったいなにをつけられたのか、慌ててソレを外してみると先ほどまで先輩の胸元を飾っていた白い造花の花があった。
「あーあ、外しちゃってもったいない」
「な、なに、ふざけてるんですか! こっちは先輩がいなくなると思って……」
「さみしい?」
「…………っ!」
さみしいに決まっている。幽とこうして話すようになる前から、屋上にいる彼を眺めながら登校するのが日課となっていた終夜にとって彼がいなくなることはとてもさみしい。
四月になれば、見上げたその先に幽の姿はいないのだから……。
幽のいない光景を想像した終夜の瞳がゆらゆらと揺れる。揺れる瞳からこぼれそうになる涙を幽が終夜を優しく抱きしめた。
「先輩?」
戸惑う終夜の声が聞こえる。終夜のすこし硬い髪を細い指で梳く。
「終夜、約束をしよう」
「……約束、ですか?」
「一年後の卒業式の日、終夜に会いにくるよ」
「えっ、本当!?」
終夜の瞳がキラキラと輝く。眩しそうにしながらも、幽は終夜に向かって優しく微笑んだ。
「うん、本当。ただ、終夜にはそれまで、俺と同じことしていて欲しいんだ」
「……同じことって、もしかしてこの屋上に?」
「そう、この屋上の幽霊になってほしい。校門を通る生徒一人一人が、主人公の話を書いて、次に会った時に見せてほしいんだ」
「書くってそんな難しいこと、俺には……」
「小説みたいな文じゃなくてもいい。箇条書きでもいいし一言だけでもいいんだ。何かすることがあった方がここに居やすいだろう? やってくれないかな……」
「…………しかたないですね」
小さな声でそう呟いては頷く終夜に、幽は「ありがとう」と彼を抱きしめる腕に力をこめた。
「読んだあとは、この屋上から紙飛行機で飛ばすのもいいかもね」
「……なんで、紙飛行機で飛ばす必要が?」
「そうしたら、君の考えた話が誰かに届くかもしれないだろう?」
「……届かなくてもいいです。はずかしい」
そう終夜が答えると幽は「冗談だよ」と小さく呟きながらもクスクスと笑っていた。
「さて、そろそろ行こうかな」
幽の言葉を合図に二人はゆっくりと離れる。さみしそうな表情をうかべる終夜に、幽は困ったように笑った。
「終夜、笑って」
「……笑ってます」
「笑えてないよ、ほら」
ぐにっと終夜の笑えていない頬をつまむ。
「……むぁ、ふぁにふるんですか」
「あはは、変な顔!」
「先輩! おこりますよ」
「じゃあ怒られないうちに、退散しようかな」
幽は、くるりと回れ右をして屋上の入り口へと歩いていく。唐突な別れに驚き、彼の背中をただジッと眺めていた。その背中を見ていて、終夜はまだ彼に言っていないことがあるのを思い出した。今言わなきゃ後悔する、そう思った終夜は大きな声で彼を呼んだ。
「先輩!」
くるり、と幽がこちらを振り向く。強い風が吹きあれ、届かないはずの桜の花びらが屋上にまで舞い上がった。
「卒業、おめでとうございます」
「……ありがとう」
泣くなと言った幽が、泣き出しそうでそれでいて嬉しそうな笑顔を向けた。
また、会えるその日まで、さようなら。
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