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最終話 紙飛行機のそのさきに

『読んだあとは、この屋上から紙飛行機で飛ばすのもいいかもね』  幽が卒業してから数カ月が経ち、季節は夏へと移り変わっていた。幽が屋上にいないのもすっかり慣れた終夜は、ふと彼の言葉を思い出した。 「……紙飛行機か」  幽のいうとおり、歩いている生徒の一人一人の物語を拙いながらもルーズリーフに書き始め、数十枚もの紙の束ができていた。よく続いているなと終夜自身思っている。  終夜は、そんな紙の束から一枚取り出すと丁寧に折り曲げていった。一枚の紙からできたのは、一つの紙飛行機。 「届くだろうか」  お届け先は、元屋上の幽霊へ。  紙飛行機を青空に向けて、勢いよく放り投げた。  紙飛行機は青空へと飛び立ち、風にのって飛んでいく。けれども、はるか遠くにいる彼のもとに届くはずもなく。紙飛行機は、冷たいアスファルトへと落ちていった。 「…………ですよね」  落ちていった紙飛行機を拾うため、終夜は屋上をあとにした。 「ここら辺に落ちたと思うんだけど……」  落ちていったはずの紙飛行機が見当たらない。草をかき分け、ゴミ箱の中を覗く終夜はきっと周りから奇異の目で見られているはずだ。幸い、今は授業中でほとんどの生徒が教室に入っている。 「なにか探し物ですか?」  そのはずだったのに、終夜に声がかけられ、びくりと肩を揺らした。  振り向くと、柔らかそうな黒く長めの髪にメガネをかけた男子生徒が立っていた。 「あ、倉本直……」 「はい?」 (ちがう、ちがう、倉本直は俺が考えたこの人の名前だ)  目の前に立ったその人物は、考えたいくつかの物語のモデルになった人物で、終夜はつい自分で作ったその人の名前を呼んでしまい慌てて口を塞いだ。 「あー……紙飛行機を、さがしてて……」 「紙飛行機?」  どうして授業中に紙飛行機を探しているのだろうかときっと目の前の人物は思ったに違いない。首をかしげる彼に気まずそうに終夜は目線をそらした。 「紙飛行機なら……はい」 「え!?」  彼は鞄から取り出すと終夜に手渡した。ルーズリーフでできたその紙飛行機を解体すると、間違いなく終夜のものと思われる文がびっしりと書かれていた。 「あ、あの……中身とかって」  妄想のつまった文章を見られていないだろうか。おそる、おそる尋ねると彼はニコリと笑った。 「面白かったですよ」 「…………みたんですね」  やってしまった、と終夜は頭を抱えた。彼が見た紙飛行機の中には、彼で妄想した文章が書かれていた。きっと気味が悪く思ったに違いない。  誰だって、勝手に自分のモデルで作られたものなんて見たくもないし知りたくもないだろう。  自分がモデルになったと気付いてしまったらの話だが……。 「僕、色々な本読んだりするんですけど、男同士の……なんて驚きました」 「ですよね」  さらに書いていたのが男だなんて驚いたことだろう。 「僕、二年A組の倉橋直斗です」 「あ、俺は二年D組の坂上終夜。拾ってくれてありがとうございます」 「いいえ。坂上くん、朝にいつも屋上にいますよね」 「え? あー……はい」 「ずっと気になってたんです、どうしていつも屋上にいるんですか?」  彼にそう聞かれ、終夜はなんて答えようか戸惑った。屋上で登校する生徒を見ながらその人たちの物語を書いてるんです、なんて言えるわけがない。 「……ユーレイに頼まれたんで」 「え、ユーレイ?」 「じゃあ、俺、教室に戻るから……今度お礼します!」  深く追求される前に、彼のもとから立ち去る。後ろから「また読ませてくださいねー!」という声が聞こえてきたが、きっと幻聴だろうとその時の終夜は思っていた。 「…………ということがありまして、いまでは彼と親友って呼べるほどの仲になりました」 「そうなんだ」  クスクスと幽がおかしそうに笑う。  あれから夏が来て冬になり、あっという間に春になった。約束どおり、卒業を迎えた終夜のもとに幽は現れ、式が終わった後この屋上で終夜が書いた物語を読んでいる。  ファイルの中からくしゃくしゃになったルーズリーフを見つけた幽が、疑問に思ったところで終夜が詳しく話はじめたのだ。 「まさか、本当に紙飛行機にするなんて」 「提案したのは、先輩ですよ」 「あはは、そうだっけ」  この一年間で、幽と話したいことがたくさんあった終夜は、つもりにつもった話は尽きず、青空の下で二人は談笑を続ける。 「こうやって、ちゃんと書いてくれてたご褒美を終夜にあげないとね……なにがいい?」 「ご褒美……ですか」  ご褒美という甘い響きに、終夜は真剣に考えはじめる。あれでもない、これでもないと探していくがなかなか決めるのは難しい。 「じゃあ、先輩は約束守ってくれたご褒美になにか欲しいものありますか?」 「俺も、いいの?」 「もちろんです!」  終夜の言葉に、顎に手をあて考えはじめた幽は、しばらくすると申し訳なさそうに笑いながら言った。 「……欲しいもの、二つあるんだけれど……欲張りかな?」 「二つですか……俺にできることならいいですよ」 「じゃあね、ひとつめは……俺のこと名前で呼んで欲しいなぁって」 「え、名前でですか?」 「うん、先輩とかユウレイ先輩とかじゃなく。幽って呼んで欲しい……ダメかな?」  彼からの願いは、終夜にとって叶えることのできるものだが、なぜだか彼を名前で呼ぶのは苦手な英語で百点をとることよりも難しく感じる。 「…………ゆ、ユウ………さ………レイ先輩」 「……難しい?」 「いえ……慣れるまで少し時間をください」 「うん、構わないよ」 「それで、ユウ……さんの二つめのご褒美は何がいいんですか?」 「…………さきに、終夜くんのご褒美を聞いてもいいかな?」 「う、はい」  ご褒美といってもコレといったものが浮かばない。また会いたいと言ってもいいのだが、なんだかそれをご褒美として使うのはもったいない気がした。  しばらく考えた終夜は、ふと幽の耳にあるリング型のピアスに目にはいった。一年前にはしていなかったそれは、いまの幽に会えた記念としてよいものかもしれない。 「あの……先輩……ユウさんがしているピアスを片耳だけでいいんで貰えたりしませんか?」 「これでいいの?」 「はい、それがいいです」  幽は、左の耳からピアスを外すとティッシュに包んでから終夜に渡した。 「ピアスの穴、開けなきゃいけないから今度会えたら開けようか」 「はい!」  また今度会えるのかと思うと終夜は、嬉しくて明るく返事をした。 「それで、ユウさんの二つめのご褒美って?」 「…………ふたつめはね」  それっきり黙ってしまった幽に、終夜は首をかしげる。 「……終夜」 「はい?」  真剣な表情の幽に呼ばれ、終夜はどきりと心臓が高鳴るのを感じた。 「…………付き合ってほしい」 「いいですよ! どこに付き合えばいいですか?」 「…………はぁ」  終夜からの返しに、幽は大きなため息をはいた。何か間違えただろうかと終夜は首をかしげる。 「俺は、終夜が好きなんだ」 「はい?」 「恋人として、付き合ってほしいんだよ」 「…………え、えぇええええぇええ!?」  終夜の大きな声が、青空いっぱいに響きわたる。 「どうかな? 恋人としてならこれから先も終夜とたくさん会えると思うんだ。なんなら一緒に住みたいとも思う」 「え、あ、それは……ユウさんと一緒に住めるのは嬉しい気がしますけど……でも、男同士……」 「戸惑う気持ちもわかる。でも終夜は、なぜだかはわからないけど書いてくれた物語で男同士の恋愛のものもあったし、偏見はないと思ったんだ」 「うっ……それは、ないですけど」 「だったら、お試しだけでもいい……付き合ってくれないかな」  押し倒す勢いで幽は、終夜に近づいていく。終夜は、顔を背けながらも横目で幽の様子をみていた。 「なんか、ぐいぐい来ますね……」 「それは、終夜のこと本当に好きだから逃したくないんだよ。……ダメかな?」  幽の細い指が彼の口元を隠しては、不安そうな表情で首を傾げる。指の間から覗く黒子と彼のその仕草に終夜はとても弱い。 「…………お試し、なら」 「ありがとう、終夜!」  嬉しさのあまり幽は終夜を抱きしめ、その唇に自分のソレを重ね合わせた。触れるだけのものだったが、終夜の顔が真っ赤に染まっていく。 「春だね、終夜」 「…………そうですね」  真っ赤に染まった顔を隠しながら、終夜は小さく幽の言葉に頷いた。  季節は、雪が溶けの春。  二人のもとに、ようやく春がやってきたのだ。

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