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第1話
◇
今日、四月六日は深山 佐奈 にとっては特別な日だ。真新しい制服に身を包み、自室の姿見で身体や顔をあらゆる角度に変えては、佐奈の心は踊っていた。
「今日から高校生かぁ……。やっぱ、少しは大人に近づいた感じだよな。まぁ……顔はパッとしないけど」
佐奈は一人で苦笑を浮かべたのち、せっかく着たブレザーを脱いで、ネクタイを外した。
「さて、先ずは朝食の準備をしなくちゃだ」
佐奈はカッターシャツの袖を捲り、一人部屋としては広すぎる上に、ベッドから机、ソファなど、どれを見ても高級品だと分かる物に囲まれた自室から出た。
ホワイトのサーキュラー階段の、上品なベージュの絨毯を踏みしめ駆け降りていく。何処もほぼ白で統一された豪奢な部屋。アンティークな家具に囲まれた部屋は、女性や家具好きならテンションも上がるだろう。
しかし佐奈はアンティークな家具には興味などない。あるのはキッチンのみ。機能性、すなわち使い勝手の良さが大事。普通なら高校生となる男子が気にする場所ではない。だが佐奈にとっては聖域のような場所だ。留守がちな両親の代わりにキッチンに立ち、美味しい食事を作るのが佐奈の役目でもあるからだ。
「おはよ~佐奈」
「おはよう、慎二郎」
眠そうに目を擦りながら、キッチンへと入ってきた見目麗しき天使。キラキラとしたものが全身から溢れているような、そんな錯覚さえ起こしそうになるほど。少しくせっ毛のある亜麻色のふわふわとした髪に、宝石のような明るめのアンバーの瞳は天然物。白皙にローズピンクの唇はとても蠱惑的だ。誰もが絶賛したくなるような絵画から、飛び出したような美少年、慎二郎は佐奈の一つ下で中学三年生となる弟だ。
「こら、危ないから離れて」
「ん~佐奈いい匂い」
玉子焼き器でだし巻き玉子を作っている最中、慎二郎は佐奈の背後から肩に顎を乗せ、首筋辺りでクンクンとしている。両手は腰に巻き付けてくるため、これでは動き辛くて仕方ない。毎朝恒例にもなりつつある光景だ。
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