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34-しーーーーっ![愛は小出しに]1
つき合って半年も経てば、さすがにラブラブさもだいぶ落ち着いてくる。
イロイロ慣れてきて、初々しい感じはない。……と思う。
オレは最近『愛は小出しに』という言葉を知った。
好きだ好きだと愛情を垂れ流しにしてると、それが当たり前になって、枯れて、飽きて……なんてことになりかねない。
だから、ただ感情のままに好きって気持ちをぶつけるんじゃなく、少しづつ、深い愛を示す方がしっかり受け止めてもらえて、関係が長続きするんじゃないかなって。
そんなふうに考えた結果、オレなりに好きって気持ちを出すのをセーブしてる……つもりだ。
だけど、学年が変わって真矢とクラスが別になって、ちょっと寂しかったりもして。
授業中に真矢が同じ教室にいるってだけで、心の潤いになってたんだって、別のクラスになって初めてわかった。
しかも、カズが真矢と同じクラスってのが ………なんか悔しい。
クラスが分かれても、1日一度は校内で二人きりで会えるように真矢が考えてくれるし、学校以外でも週に一度は二人きりで過ごすのは変わらない。
休みの日に連れ立って遊びに行くようなことはあまりなくって、オレの家で過ごすことがほとんどだ。
一応、受験生ってヤツだけど、勉強の話はあまりしない。
それでもやっぱり進路は気になる。
真矢は国立大学を受験するらしい。
だったらもっと必死で勉強しなきゃいけないんじゃねぇの?って聞いたら
「格じゃなくてカリキュラムと教授で大学を選んだから、入試中に気を失わない限り大丈夫」
と、薄ら笑いで言っていた。
真矢の成績とか良く知らねーけど、本当に入試中に気絶したって受かりそうだ。
「オレも同じ県の大学か専門学校に進学しようかな」
なんて甘えて言ったオレに、真矢はすごく嬉しそうな顔を見せてくれる……と思ったのに、返ってきたのは困り顔だ。
それから、学校というのは勉強するために通うものだとか、興味もない学校に行くために学費を払う無意味さについて延々と語られ……いや、アレはほとんど説教だった。
叱られはしたけど、なんかちょっと父ちゃんみたいだなって、懐かしくて不思議な感覚に陥った。
真面目に説教くらってから、やっとオレなりにきちんと将来のことを考えなきゃなって思い始めた。
まだしっかりとは決められてないけどな。
いつだって真矢は、こんな風にオレの足りない部分を埋めてくれる。
『趣味』の方はといえば。
ボイスドラマ制作を趣味にしている真矢のイトコのネットワークで、いろいろ情報が集まるようになった。
そして二人で一緒に録音する事も増えたから、さらに楽しくなってる。
受験生だしオレも真矢も依頼をこなす件数はグンと減ったけど、中身は充実した気がする。依頼を受けてない時でも、二人で録音した内容とか、仮にこういうシーンがあったらたらどうする?なんて話してるだけで、あっという間に時間が経ってしまう。
真矢はオレが乙女ゲームとか、ロマンティックな話でちょっと二面性のあるキャラをやるのを好む。
逆にオレは、真矢がエロい攻めキャラをやるのがたまらなく好きだ。
毎回やりたいキャラをやれるわけじゃないけど、真矢のイトコのおかげで、オレ一人でやってた時よりは選択の余地が増えた。
制作サイドと関係性が深まれば、ちょっとメールに書いてみたことがシナリオに反映されたりすることもあって、それも嬉しい。
そんなこんなで今は、真矢がオレの部屋で、ゲームのセリフを録音している。
イトコのお姉さんが『知り合いが作っているから』と話を持ってきたものだ。
実は真矢はゲームの声をあまりやらないらしいんだけど、お姉さん基準で『けっこう大手でちゃんと大丈夫』なところが制作元ってことで受けることになった。
でも、BLのエロゲーの話を持ってくるイトコって、なかなかなモンだと思う。
その『イトコの美奈姉さん』とは数ヶ月前、真矢の家に行った時にまたま会った。仕事ができる会社員って感じの上品な女性だ。
まあ、口を開くまでは、だけど。
萌え始めると、マシンガントークになる。そこら辺、真矢とそっくりだ。
真矢はといえばマシンガンな美奈姉さんと『うん』『そう?』『へぇ』だけで会話を成立させていた。
元来無口な真矢は家族と話すときも大体そんな感じだ。
以前、真矢が声の趣味を始めたきっかけを、イトコのお姉さんが『声変わりして“いい声”になったから』と、音声登録サイトにアップすることを勧めてきたからだって聞いていたんだけど……。
それ、多分、ウソだと思う。
真矢はオレ以外にはとんでもなく無口だ。
この無口っぷりで、いい声になっただなんてことに気付くのはかなり難しい。
オレは、美奈姉さんが自作のボイスドラマに男のキャストが欲しくて、騙して強引に巻き込んだだけなんじゃね?と疑ってる。
そのとっかかりとして、まずは音声登録サイトで慣れさせた……?
でも、そのおかげでオレも真矢の魅力に気付けたし、結果、大アタリだったと言える。
日常じゃ言わないような、女子どもを胸キュンさせるセリフを、大好きな声で、しかもこんなに間近で聞けるんだぞ。
ほんと、もう、頭がおかしくなりそうなくらい萌えてしまう。
真矢が今やってるのは、BLゲームのサブキャラで、いわゆる当て馬だ。
主人公の美青年が、事情により攻めキャラである貴族の屋敷に身を寄せる。
その屋敷の執事が、真矢の役だ。
貴族との関係で、すぐに傷つく主人公を、自分の気持ちをぐっと押し殺し、時に優しく、時に厳しく、献身的に支える。
主人公と貴族のラブロマンスの影で板挟みとなり、もう一人の攻略キャラであり陰謀キャラな別の貴族に焚き付けられて、主人公のためにと自分の主人である貴族を裏切る。
……せつないっっ!
陰謀キャラとそそのかされた執事の策略で、主人公と貴族の間には溝が生じる。
そして助けを求めた主人公を執事がかくまい、貴族には内緒で一緒に暮らし始める。
けど、主人公はやっぱり貴族さまが忘れられない。
結局、執事は自ら憎まれ役となって、貴族と主人公を結びつけるんだ。
あくまで話を盛り上げるための脇キャラ。
だけど、脇キャラ好きならドハマリすること間違いなしだろう。
ちょっとしかないけど、エロシーンも濃い。
陰謀キャラの策略により、快楽堕ち状態の主人公を救うつもりの執事とのリハビリエロ。
メンタル落ちてる主人公をすごく気遣ってるのに、ちょっとSキャラっぽいのがまたいいんだ。
すぐにアンアン欲しがる主人公に、悩みながらもヤることヤって、主人公がマトモに戻って、きちんと向かい合えそうになったと思ったら、結局攻めの貴族さまの元に帰してしまう。
まあ、当て馬だからな。
半分くらいのユーザーは、主人の貴族じゃなく執事にしときゃいいのにって思うんじゃないだろうか。
オレなんか、目の前で真矢がセリフ言ってるから余計に……。
なんで主人公が執事の元から離れられるのか、まっっっったく理解できねぇよ。
だって、ほら、執事な真矢のこの懊悩ボイス。
低くて艶のある悩ましげな声が……もう、たまらなくいい。
なんでもないようなセリフでも、気持ちを込めた落ち着いた声に、首の後ろがゾクゾクっとする。
ドキドキして、ゾクゾクっとして……。
それでも、まあ、つき合って半年も経ってるんだし、オレだってだいぶ落ち着いてきた。
地に足がついてきた。
イロイロなれてきた。
ホントになれてきた。
そして愛は小出しにだ。
いちいキャッキャ言うわけにはいかない。
二人で録音し始めてすぐの頃は、真矢が軽く練習してる時点で少なくとも二〜三回聞いてるのに、録音時の本気の声にヤられて
「うひゃー」
なんて小さく声を上げてしまったりしてた。
最悪だ。
頑張って声を我慢したのに、最後の最後でベッドの上で足をバタバタさせてしまったり。
それも我慢して、大丈夫かなと思いきや、録ったのを聞いてみると、セリフの背後に身もだえてゴロゴロしてる気配が伝わってて、要調整……なんてこともあった。
今じゃそこら辺をしっかり考えて、多少モダモダしても大丈夫なように、オレの定位置になってるベッドにはタオルケットを敷き、ボトムスもスウェット素材のスキニーやらサルエルをそろえて、足をパタパタさせても音がしにくいように気を配ってる。
……まあ、パタパタ暴れなきゃいいんだけど、まだそこまでは至れていない。
ただ、音がしないように足を浮かせてパタパタする分には、体幹運動だと思えば……アリかな?
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