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1-なんとなく[季節の移ろいとともに]
高校に入学して数週間。
春霞も薄れ、若葉がきらきらと輝きを増す頃には、行動をともにする人間なども自然と決まってきていた。
相手が俺を友だちだと思っているのだから、彼らは恐らく友だちなのだろう。
友として彼らの話をきちんと聞くが、そう興味がわくわけでもない。
どちらかと言えば、通学列車の車窓から見える山に差す光が気配を変えていくさまの方が、俺には興味深かった。
だから、自分に関わりのない人間となれば、なおのこと興味がなかった。
興味がなくても同じ教室にいれば大きな声は聞こえる。
ただ、賑やかな奴らだ、くらいにしか思っていなかった。
でも、笑い声が気になった。
その笑い声が耳に入ると、つられて少し楽しい気分になる気がした。
それでも十把 一絡 げ。その時はまだ誰が誰とも区別がつかなかった。
そのシーンが記憶に残っていたのも、人物に対する興味というよりその心象によるところが大きい。
体育の時間終わり、洗面台で複数の生徒が顔を洗っていた。
小さく気弱な松村とそいつが同じタイミングで洗面台に向かった。
明確に譲ったわけじゃない。
ただ、そいつが半身ずらしたことにより、松村は流されるように洗面台へ向かった。
顔を洗いながら松村は落ち着かなかった。
大きく鋭い目で自分が見下ろされてるのが、鏡越しにわかるからだろう。
そいつに先行してしまった事を『失敗』と感じ、背後の気配にビクついているようだった。
しかしそいつも、ただ後ろにいるだけでビクつかれることを不本意と思っているようだ。
それが表情に出る。
すると、その表情に松村もよりビクつく。
悪循環だ。
本人たちはどうにも居心地が悪そうだが、見ている俺には互いに気遣いあってるその様子が微笑ましく見えてしまった。
一度気にかかれば自然と目が追うのか、似たようなシーンを何度も見かけた。
気弱な生徒を困らせるばかりじゃなく、仲のいい友人に同じようにさりげない気遣いを見せるシーンにも出くわした。
そして気付く。
彼だ……。
俺の心が沸き立つ笑い声の主も彼だった。
十把一絡げの『賑やかな奴ら』から、彼が一人抜け出してきた。
有家川 聖夜 。
派手ななりで目つき鋭く、なのにさりげなく優しい。
興味深い存在。
あの笑いの何が気になるのか。
そう……語尾だ。
下品な馬鹿笑いをしても、笑い終わりの音が………可愛い。
◇
『賑やかな奴ら』の中で、判別のつく人物という位置づけだった有家川を、はっきりと意識し始めたのは一年の二学期からだった。
教科書の読み上げなど、授業中ならよくあることだ。
けど、読み上げている最中や終わりに視線を感じ、振り返ると有家川と目が合う事がある。
はじめは気のせいかと思った。
だが、他の奴が読み上げている時に有家川が見ている様子はない。
それどころか、寝ていたふうだったのに俺が読み終わった途端、チラリと視線を寄越すことすらある。
それに、最近、有家川の朗読が変わってきた気がする。
話す声とは少し印象が違う。
聞き取りやすくて心地いい。……一体なぜだろう。
そうやって俺は、だんだんと有家川聖夜を意識するようになっていった。
『賑やかな奴ら』なんて、どうでもいい。
そう思っていたから、ぎゃぁぎゃあ話すのが聞こえてはいても会話の内容は頭に入らなかった。
けれど、有家川を意識し始めると、脳が勝手に内容を認識し、記憶に留めだした。
カズと呼ばれている牟田 は他人をおちょくるようなことを言って笑いを取る事が多い。
それでも面白さがあるので嫌われる事はないようだ。
俺のことも『気取ってる』だとか『出来ますアピール、ウゼェ』だとか好き放題言っている。
有家川はそれに大笑いしながらも、
「ええ?そうか?」
と、安易に悪口に同意はしない。
フー太と呼ばれている沢木 と有家川は、いつもふざけてじゃれあっている。
このふたりのやり取りは微笑ましい。
沢木は頭はいいが少し天然で、そこまで賢いわけではない有家川が突っ込むので、両ボケになっていても気付かない。
さらにバカな牟田が引っ掻き回す。
他のクラスなのに牟田といつも一緒にいる友地 がその場にいれば、こいつが話をまとめることが多いようだ。
あとはまれに、橋野と鴨下というやつらも騒ぎに混じることがある。
勝手に耳に入ってきた情報からすると、有家川はお母さんと二人暮らしの一人っ子。
父親は中学のとき交通事故で他界したようだ。
そして、父親との思い出をとても大切にしている印象を受ける。
父親の影響で小学生の頃からギターを弾いたりしていたらしい。
あのルックスだからバンドなんかに誘われたりするみたいだが、イマイチぴんとこないようだ。
かといって他に取り立てて趣味もなく、暇を持て余して沢木や牟田なんかと遊び歩いてる。
そんな事情を耳にしてしまったからだろうか。
みんなに今日は付き合えないと言われたときの、寂しそうな様子が……。
なんだかたまらない。
『誰か一緒に居てやれよ』と言いたくなる。
有家川はひとりでいるのが苦手な寂しがり屋のようだ。
だんだん派手で少し威圧的な外見よりも、それに似合わぬ優しさと可愛らしさの印象が強くなっていく。
いや、ギャップがあるから、些細なことがより印象深くなるんだろう。
さらに声だ。
ますます発声や滑舌もよくなり、何気ない会話すら表現力豊かになった。
話し声に混じる、かすれた音色にもドキッとさせられる。
教室のざわめきの中でも、優先的に俺の耳に入って来る有家川の声。
そしてある瞬間、ずっと解けなかった問題が解けるように、俺はスパン!と気付いた。
『有家川の声が好きだ』
認識してしまえばより気になり始め、俺も有家川が朗読をすると、彼を振り返るクセがついてしまった。
もしかしたら朗読をするたび、ちらりとこちらを見る有家川も、俺の声が好きなんじゃないだろうか。
俺は少し声には自信がある。
ずば抜けていい声だとは思わないが、元来良く響く声で、発声や滑舌などを良くするために多少の努力もしていた。
なぜそんな努力をしているかと言えば……。
そもそもの始まりは、中学校の頃。
八ツ年上のいとこの美奈姉さんに『声変わりをして、すごくいい声になったから』と、音声登録サイトに声をアップしてみることを強く勧められたのがきっかけだった。
けど、実際録音したものを聴いてみると、べちゃべちゃとした子供っぽい発声が気になって、声の善し悪しなんか全くわからなかった。
あまりにも酷い音声がショックで美奈姉さんをじーーーーっと睨んでいたら、発声などのコツやトレーニング法を書いたサイトを教えてくれた。
そして、その場でアドバイスを読んで、少し練習しただけで、本当にびっくりするほど上達したのだ。
少し意識し、練習しただけで、こんなに変われるのなら、本気でやったらどれだけ変われるんだろう。
そう思った俺は、すっかりトレーニングにハマってしまった。
そんな俺に美奈姉さんが、ただトレーニングをするだけじゃつまらないだろうからと、いろいろ短期目標を設定してくれた。
それは声登録サイトに指定されたセリフをアップしたり、ボイスドラマに参加させてもらったり……という美奈姉さんの趣味を濃厚に反映したものだった。
ユーザー名やキャスト名など事あるごとに名前が必要になるが、さすがに桐田 真矢 という本名でそういった趣味の活動をするのは抵抗があった。
けど、わざわざ考えるのも面倒で、俺は『山田 力 』という、単純な名前をつけた。そう、本名を逆さまに読んだだけの回文だ。
美奈姉さんが自分が作っているボイスドラマや、友だちが作っているゲームのキャストに積極的に誘ってくれて、さらに遠慮のない意見をくれるので、発声も演技もどんどん上達するのがはっきりと自覚できた。
そして、上達するほどに声での演技にもハマっていった。
その甲斐あって、最近は年齢のわりには落ち着いいて、良く響く男らしい声だと言ってもらえるようになった。
天賦の才というやつには敵わないだろうが、努力した程度には自信がある。
だから、そんな努力など何も知らない有家川が、その成果である俺の声を好きだと思ってくれていたら……きっと、これまでの学校生活では感じたことのない喜びを得られる気がするんだ。
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