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2-そして[知るということ]

美奈姉さんが作っているボイスドラマはファンタジーやSFメインだが、俺に()らせるために持ってくる企画に恋愛もののゲームなどが混じるようになった。 姉さんにはそういうのを作る知り合いが多くいるらしい。 俺は恋愛などしたことがないし、誰かを甘いセリフでメロメロにしたいと思ったこともない。 正直、恋愛ものじゃ演技をしていてもあまり役に入り込めなかった。 けど、美奈姉さんのアドバイスを参考にしながらやっているので、制作サイドの反応はいい。 それに、キャラに入り込めないことが逆に、表現の創意工夫にもつながっていた。 今はまだ、これでいいのかもしれない。 『恋というのは抑えきれない衝動』らしいので、色恋に全く興味のない俺だって時期がくれば自然と色気づくんだろう。 知ったかぶりは一番いけない。 恋を知りたいからと『恋に恋するお年頃』丸出しで、無理して誰かとつき合ったりするような愚かな真似はしたくない。 同級生にはつき合っただ別れただ、そんな話をしょっちゅうしている連中もいる。 無関係な俺の耳にまで入ってくるほどに。 牟田(むた)有家川(うけがわ)もその一人だ。 沢木(さわき)は……いい奴のようだけど、あまり女子受けは良くないようだ。 有家川は、やっぱりモテる。 背が高くて派手で、鋭いけどぱっちりした目は魅力的だ。 大人っぽい顔をするかと思えば、裏表のない子供みたいな顔して大きな声で笑ったりする。 漏れ聞いた話だと、かわいい子に言寄られ、そのとき付き合ってる人がいなければ付き合うといった調子のようだ。 恋愛経験はずいぶんと豊富そうだけど、別れたという噂が出てもあまり落ち込んでいないあたり『恋に恋するお年頃』を地で行ってるんじゃないか……なんて思うのは、ひがみだろうか。 牟田はなんだかフラフラしている印象だ。 最近また別れたらしい。 朝っぱらから大きな声で『フラれちゃったよ~!』などと叫んでいた。 それ以降、沢木や有家川にやたらと抱きついているのを目にする。 先日初めてBLゲームの声をやったから、こんなどうでもいい事を気にしてしまうんだろうか。 ……いや、本当に気になってるのは有家川だ。 牟田は沢木との場合は肩や腕を組んだりすること多いが、有家川相手の場合、何故かすぐに首に手をまわす。 有家川と牟田の身長差が15センチくらいあるせいか、まるで胸にすがって抱きついているように見えることもある。 抱きつく頻度は沢木と比べて少なめでも、密着度合いが……。 まあ………俺が気にすることじゃない。 ◇ 有家川のことが気になり始めて数ヶ月。 年が明けて、一月のことだった。 俺が参加させてもらった乙女ゲームがリリースになった。 美奈姉さんの知り合いで、そこそこ大手で人気のある同人ゲームサークルだ。 体制もしっかりしているし、クオリティも高い。 この作品で俺は攻略キャラの一人と端役をやって、制作の人や美奈姉さんの反応はすごく良かった。 作品がリリースされれば、自分の反省点と改善点をしっかり確認するが、今までほかのキャストを気にしたことはあまりなかった。 しかしこのときは、なれない恋愛ものをわからないなりに努力した結果、まわりの評価が高かったことに気を良くして、俺の向上心も刺激されていた。 そしてより上達するために、他のキャストの声も聞いて参考にしようという気になったのだ。 ゲームには様々なタイプのキャラが出るが、使える男性のネット声優はそう多いわけじゃない。だからちょっと似たような雰囲気の声になってしまうこともある。 今回は穏やかな真面目キャラと、癒し系だが影のあるキャラの声が少しカブっていた。 演技の上手さで言えば、真面目キャラの方が上手くてこなれた感じがする。 なのに癒し系キャラのほうがなぜか印象に残る。 キャラの設定の違いもあるかもしれない。 けど、俺は断然、癒し系キャラのほうが好きだと思った。 そんなことを考えていると、美奈姉さんからメールが来た。 俺が美奈姉さんに自分の演った役の反省点と改善目標をメールし、それに対して意見をもらうというのが恒例になっているのだ。 そのメールに二人の声を聞いて感じたことも書き加えてみた。 真面目キャラと癒しキャラが似ていると思ったこと。 なのに癒しキャラの方が印象的に感じるということ。 単に俺の好みの問題なのか、それとも他の人もそう思うのか。 それを知りたかった。 すぐにメッセージでメールへの返事が来た。 やはり美奈姉さんも俺と同じように感じていたようだった。 そして美奈姉さんの友人である制作の人が、変わった声でもないのに印象的だからと、応募してきた初心者を採用したのだと教えてくれた。 初心者で、変わった声でもないのに印象に残る。 これが天賦の才というものなんだろうか。 真面目キャラのキャストはこなれた感じで、俺は聴いていて少しライバル心のようなものが起こるのを感じた。 けど、この癒し系キャラは、ただただ好ましかった。 やっぱり初心者だからかいろいろ気になるとこもある。それでも魅了されていた。 キャスト名を確認すると『SAYA』と書いてあった。 制作のふーにゃんさん情報だと、『SAYA』が参加している作品は、まだこれしか世に出ていないらしい。 けれど、他からももうすぐ参加作品が出る予定だと教えてくれた。 美奈姉さんにメッセージで 『SAYAが参加している作品が出たら教えて欲しい』 そうお願いした。 すると、 『すっかりSAYAちゃんのファンね』 と返事が来た。 ファン……。 そうか。 これがファン心理ってやつなのか。 その後、俺は『SAYA』の声聞きたさに、乙女ゲームを初めて自分でクリアした。 普段は兄さんにつき合って格ゲーやレース系のゲームをちょこっとするくらいなので、延々とシナリオを読まなきゃいけないゲームスタイルに苦労した。 けれど、ゲームと思わず小説を読んでいるつもりで挑んで、ようやくスムーズに進めるようになった。 『SAYA』がやっている、癒し系キャラの『サイラス』は、主人公の少女を守ることによって存在意義を確認しなければ自分を保てなくなりそうだ……という仄暗さも兼ね備えた役だ。 「いつだって貴女のそばにいて、どんなことからも貴女を守ります」 そう語りかけるサイラスを、俺が守ってやりたい。 そんな気分になった。 けど、ゲームを進めていくうちに、何かが脳裏をチラつく。 それが、どうにもカタチにならないもどかしさをずっと感じていた。 そして、物悲しいバッドエンド2を見たとき、まるでなくしていたパズルのピースがスコンとはまったかのように、俺の脳裏に顔が浮かんだ。 ……有家川??? あ? サイラスは有家川に似てるのか? 何となく納得がいった。 けど、まだスッキリしない。 そもそも有家川は癒し系じゃない。 似てるのは二面性があって、守ってやりたくなるってことくらいだ。 なんで似てると思うのか……。 あらためてキャストの名前をじっくりと見た。 『SAYA』 有家川(うけがわ)とはカブらない。 サヤと…有家川……。 ウケガワマサヤ………??? マ『サヤ』!!!!! 頭が真っ白になって、俺はしばらくフリーズしていた。 そんなわけない、そんな偶然が……。 色々否定する根拠を見つけようとするがまとまらない。 ずっと声を聞いて、気になっていたんだ。 演じているので雰囲気は違うが、あの声は有家川だ。 初回参加作品でなく、もっとこなれて演技が上手くなっていたら、わからなかったかもしれない。 でも、特徴的なかすれや語尾の音色がまさに有家川だった。 間違いないと直感が告げる。 俺はもう『SAYA』は有家川だと確信していた。 あと必要なのは証拠だけだ。 学校で改めて有家川の声を聞いて、さらに確信を深める。 やっぱり。そうだ。 けど、どうしてあの有家川が? そういった世界とは全く縁が無さそうだ。 推察したところで理由なんかわかるわけない。 俺だって美奈姉さんに勧められなければ、こんな世界知らなかった。 有家川は、俺が同じゲームに参加してることなんか気付いてないだろう。 けど、俺は勝手に仲間意識みたいなものを彼に感じてしまっていた。

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