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9-おげぇっっ! [スマホがっ]
不意に目が覚めた。
国語の授業中だった。
今までなんだか幸せな夢を見てた気がする。
心地の良い声が聞こえた……と思ったら、もう朗読は終わりのようだった。
声が聞こえていた方へと視線を向ける。
あいつと…桐田 真矢 と目が合った。
ドキン。
妙に大きく心臓が拍動した。
そして、そこからしばらく心がざわついておさまらなかった。
教室で喘ぎ声を流してしまったあの件以降、あいつの視線はオレに絡みっぱなしだ。
――この喘ぎ声を聞いてオレだと気づくヤツはいない。
――いっそ誰かに聴かせたい。
なんて思ってた、ちょっと前までのバカな自分が恨めしい。
聴かれてオレだとは指摘されなかったけど『SAYA』だって速攻バレた。
あの後、通りすがりに耳元で
『サヤちゃんと話させてくれよ?』
なんてボソッっと囁かれてドキッとさせられた。
ホームルームが終わってざわつく教室から出ようとしていると、
『また明日……な?』
なんて息がかかるくらい耳元で言われ、
今朝は今朝で
『おはよう』
と、耳元で言われる。
ゾクっとした。
今まで全く話した事なかったくせに……。
昨日も、ハッと気づくとアイツが後ろに立っていた。
ホント心臓に悪い。
オレはとにかく無視して友だちと話したり、誰もいなきゃ無理矢理スマホをいじって気まずさを誤摩化したりしている。
こんなことがいつまで続くんだ……って、ほんと憂鬱になる。
今日の体育はサッカー。
みんな大はしゃぎだ。
ほとんどのやつはサッカーが好きだし、逆に苦手なヤツがサボって消えてもあんま何も言われねぇ。
教師が楽したい時にサッカーをやらすんじゃねぇかと思ってる。
オレは鬱憤を晴らすかのようにサッカーに夢中になった。
けど、ちょっと走りすぎて、へばってきたんでサボりモードにチェンジ。
土ぼこり舞うコートの端っこに座って空を見上げる。
走り回ったおかげですっかり頭も空っぽになって超爽快だ。
視線を下ろせばそこには校舎。
あの箱の中じゃぁ、みんな憂鬱な顔して教科書にかじりついてるんだな。
なんていい気分に浸ってると、自分の教室に人影を見つけた。
オレの席の辺だな。
……あれ?
なんか今キラって反射した?
いや、まさか……。
恐ろしい予感に思わずグラウンドを見回す。
……桐田がいない。
バッと立ち上がると、もう何も考えられずにとにかく教室へ走った。
乱暴に靴を脱ぐと、室内履きを手に持ったままダッシュで階段を駆け上がる。
勢いよく扉を開けようとするが、嫌な予感に手がすくむ。
ビクつく手で開けた扉は、カララ……と弱々しい音を立てた。
窓際のオレの席のそばで、イヤホンをつけたままこっちを見て微笑む桐田。
「てめぇ……何してやがる」
飛びついて殴り飛ばしたかったのに、実際は手を震わせながらのろのろと近づくのがやっとだった。
イヤホンとオレのスマホを桐田からむしり取る。
「有家川 って……無防備だよな?あんな事やらかしたのに、懲りずにスマホ持って来て」
ふふ……っと、子犬でも見るかのような笑顔で、優しく言われる。
状況と表情が合っていない。
いま、他人のスマホを勝手にいじってるのがバレたんだぞ?コイツわかってんのか?
普通にしてても怖がられるオレ渾身の睨みもまったく気にしていない。
「ロック……してただろっっっ!!!」
「いいよ、怒ったフリとか。俺が後ろにいるのにロック解除して。あれ、わざと見せてたんだろ?」
「……!? は?」
一瞬、頭が真っ白になった。
こいつ……頭がおかしいのか?
その時、廊下からザワザワとクラスメイトの声が近づき、扉が開いてさらにドッとざわめきを増した。
授業が終わったらしい。
固まってるオレの肩に桐田がポン!と手を置いた。
「後で、サヤちゃんと話させてくれよな。俺、楽しみにしてるから」
耳元でゾクッとくるような声で囁くと、他のクラスメイトに混じり離れて行った。
◇
夕方からずっとベッドの上でゴロゴロとしている。
桐田に何か言われるのが嫌で、HRが終わるとダッシュで教室を飛び出していた。
友だちとバカ騒ぎしてストレス解消でもしたかったけど、うっかり街中で桐田に出会ってしまったら……なんて思うと、もう直帰するしかなかった。
あのとき桐田が聴いていたのは、やっぱりオレのボイスメモだった。
全部消さなかったのがいけなかったのかもしれないけど、消せなかった。
他のヤツからしてみれば単なるエロい喘ぎ声かもしれないけど、オレにとってはエロにプラスして、自分の成長の記録であり糧でもあった。
まだ、オレにはコレが必要だ。
はぁ……。とはいえ、録り直しなんていくらでもできるんだから、やっぱり消しとくべきだった……。
でも、この時の、このカンジはもうちょっと聞き直して参考にしたいし……単純にお気に入りだったし……。
ああ……くそっっ。
なんでオレ、うっかり再生しちまうかな……。
いや、アレもコレも桐田が悪い。アイツが妙な目つきでオレを見るからうっかり気を取られて……。
しかもスマホの録音を勝手に盗み聴きとかありえないだろ。
『サヤちゃんと話させてくれよな』とか言われても無理だ。
SAYAはオレだ。
もうとっくに話してる。
これ以上何を話すんだ。
仰向けに寝転んで、スマホを眺める。
……買い替えるか?
これはボイスメモ用にして、もう一台……。
無理だな。
PCに送って保存……。
って……スマホで聴けねぇんじゃ意味ねぇし、聴けるように共有したら結局今と一緒か。
はぁ……。
ため息をついた瞬間、着信があった。
「うわっっ!」
驚いてスマホを取り落とした。
顔面を直撃してベッドに落ちる。
「ってぇ……」
寝転んだまま横に手を伸ばしあさっていると、スマホから声がした。
『どうした?大丈夫か?』
わたわたしている間に通話にしてしまったらしい。
しかし、その声にフリーズする。
『サヤちゃん?大丈夫?』
……。
「なんで……電話番号知って……」
声がうわずる。
画面に出ているのは登録されていない番号だ。
『そりゃもちろん、今日チェックしたんだよ。直接だと話してくれないだろうと思って。やっぱり電話にしてよかった。俺、サヤちゃんと話せてすごくうれしい!』
電話の向こうの弾む声に目の前は暗く、頭は真っ白になった。
『俺さ、“イノセント・デジー”からずっとサヤちゃんのファンなんだ』
「えっっっ!?」
それはオレが最初に声をやったゲームのタイトルだった。
『サヤちゃんはHPとかないから、どれだけカバーできてるかわからないけどボイスアプリの“君の部屋で話そ!”とか、ボイスドラマの“鹿鳴館キデン”シリーズとか、できるだけチェックしてる』
「う……うそ」
驚きすぎて声がひっくり返る。
『ウソじゃないよ。はぁ……でも、こうやってサヤちゃんと話できるなんて夢みたいだ』
そしてそれから桐田はSAYSAの声のどういったところが好きかを熱く延々と語り続けた。
オレはただただ相づちを打つだけだ。
『あ、サヤちゃん、俺ばかり長々と話してごめんね。迷惑だったよね』
「あ、いや……」
『ほんとごめん。今日はこのくらいにしとくね。でもまた電話していいかな?』
「……うん」
『ホント?うれしいよ!じゃ、今日はありがとう。おやすみ、サヤちゃん』
「……おやすみ」
『くっっ。かわいっっっ。じゃ、切るよ。またね』
「……」
気づくと30分以上話していた。
『迷惑だったよね』と言われた時も『また電話していいかな?』と言われた時も、本当は拒否すべきだった。
……けど、イヤじゃなかった。
いや、正直に言おう。
オレは嬉しかった。
ファンだと言われ、声が可愛いとほめちぎられて、すっかり浮かれてしまっていた。
ネットのコメントなんかでちょこっとほめてもらえることはあっても、直接言われた事なんてない。
あんな風に直接生の声で『可愛い』『大好き』と繰り返され、浮かれないでいられるわけないじゃないか。
もしこれが面と向かって言われたのなら、うがった見方をしたかもしれない。
けど、電話越しだったから、相手がオレのやや怖がられる傾向にある容姿などを見ていない状態だったから『可愛い』というのも受け入れてしまった……。
けど、あいつ……桐田……だよな?
なんか、いつもと感じが違った。
てか………声が三割増でカッコ良かったんだけど。
いや、そもそもアイツは学校じゃほとんど人としゃべらない。なのにあんなに楽しそうな声で電話するなんて。
しかもずーっと『サヤちゃん、サヤちゃん!』って。
もしかして話してる相手が有家川(オレ)だって……わかってないのか?
そんなわけないよな?
オレの番号だってわかってかけてるんだし。
オレも『サヤちゃん』って呼ばれたせいで、なんか意識してきて、ついつい可愛い声を出しちまった……。
ホントに分かってねぇのかも?
………いやいやいやいや。
じゃあ、なんで「サヤちゃんと話したい」とか言いだすんだ?オレとSAYAが同一人物ってわかってるなら…???
オレが気を効かせてSAYAを電話前に待機させてるハズだと信じてたとか……んなこた思うはずないよな。
だめだ、混乱してきた。
とにかく、オレが知らなかっただけで桐田はすごく変なヤツだが、そこまで有害じゃぁなさそうだ。
……いや、有害な気もする。
勝手にスマホチェックはダメだ。
どう対処したらいいのか分からないから、とりあえず明日はスマホは家に置いていこう。
……はぁ、でも。
『俺さ、“イノセント・デジー”からずっとサヤちゃんのファンなんだ』
……か……。
ほんと、最初っからだし、どのセリフの言い方が好きかまで細かく言ってくれて。
この電話だけで、何回声が好きって言われたかわかんねぇ。
はぁ……これだけ褒めちぎられると……今日はいい夢見れそうだ。
《1章・終》
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