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10-にへー[ツンデレじゃねぇし]
突然の電話の後から、いきなり後ろに立っていたり……なんていう桐田の不審行動はなくなった。
まだ視線を寄越 してくるし、耳元での「おはよう」と「またね」は継続中だが、とりたてて話もしないし、学校であのことにふれるようなことも一切ない。
けど、あれから毎日のように桐田から電話がかかってくる。
まあ電話といっても無料通話アプリだけど。
申請が来たのに気づき、誰が許可するか!と思った。
でも、まあ、着信があっても無視すりゃいいか。そうも思った。
話すことなんか何もないし。本当にそう思った。
なのに、なんで
「こんばんわ。今日は遅かったねー」
とか可愛い声出してんだ、オレ。
「本当はもっと早くサヤちゃんの声聞きたかったんだけど……。ごめんな」
「……別に…待ってないし」
「うっっは!ツンデレ……ああ……もうサヤちゃん可愛いっっ!」
『サヤちゃん可愛い!』
そう言われると、ついついニヘーっと顔がにやけてしまう。
普段の無口で取り澄ました桐田からは全く想像のつかない高いテンション。
そして、一転して優しく語りかけてくる低めの声。
桐田は無意識でそれらを使い分け、オレの気分をアゲてくれる。
『サヤちゃんに会わせてよ』と言い続け、オレを大混乱に追い込んだ桐田だが、本人は別に追い込むつもりなんかなかったらしく、どういうことだったのかと質問すれば、なんでもあっさり答えてくれた。
本当に拍子抜けするくらいだ。
桐田は聖夜 =SAYAというのはわかっている。
けっこう前からSAYAとオレの声が似てると思ってたらしい。
そしてあの『喘ぎ声』で確信したそうだ。
『喘ぎ声』で確信するなんて、どんだけマニアなんだ桐田。
そして『サヤちゃんと話したい』というのはSAYAの声、SAYAのイメージのノリで話したいってことだったらしい。
同じクラスのしかも大して親しくもない奴と、SAYAの声で喋るなんて絶対無理だ。
普段のオレとあまりにも違いすぎる。
そんな風に抵抗が強かったが、桐田にのせられ、ちょこちょこ可愛い少年声を交えて話ていたら、あっという間に慣れてしまった。
そして声に合わせ自分のキャラまで可愛いく作ってしまう。
自分のノリの良さが少し……いや、かなり怖い。
ゲームのキャラならまだしも、オレのままでこんな可愛い子ぶった話し方をしているなんて……。
電話のこちら側の絵面はもはやホラーだ。
「ね、サヤちゃん、お願いだからさ……」
桐田が通りのいいイケメンボイスでオレにささやく。
「ダメだって」
「俺、サヤちゃんのアノ可愛い声聞きたい」
少し意味ありげで、艶っぽい声を出されるとゾクゾクしてしまう。
この声は反則だ。
「もう!あんまり言うと、通話切っちゃうぞっ!」
「そんな……ね、サヤちゃん」
毎回必ずこんな風に頼み込まれる。
桐田の柔らかな決め声に『ふはあぁ……』となりながらも、拒み続けてきた。
オレがうっかり再生してしまった『あの声』の録音を聴かせて欲しいというお願い。
「アレはもう消した」
「じゃぁ、また録ってよ。俺専用で」
何バカ言ってやがんだ図々しい。
……と思いながら『俺専用』って言葉にクラクラ、ドキドキしている自分がかなりアウトだと思う。
桐田の為にオナニーなんか出来るか……。
とっさに思い浮かべたそんな否定の言葉にすら、カッと頬が赤くなる。
オレが桐田のお願いを拒みつつも、しっかり拒みきれずに流されそうになってしまう理由。
それは……。
桐田が『山田力』だからだ。
最初の電話でもしかして……と思った。
そして、2回目の通話で桐田が発した『決め声』で確信した。
なんでもあっさり教えてくれる桐田だから「お前もしかして山田力 か?」と聞けば、全く隠すそぶり無くそうだと認めた。
年上のいとこの女の子がゲームやネットドラマの制作が趣味で、中学の頃、声変わりが早かった桐田は、いい声になったからと、音声登録サイトにいろいろアップさせられた……というのが始まりらしい。
そのいとこがオレの参加した最初のゲーム『イノセント・デジー』の制作の顔文字女とネットを介しての友だちで、桐田もあのゲームに参加することになったようだ。
本当は他にどんな作品に出ているのか全部リストにして教えて欲しいくらいだけど、オレが『山田力』のファンだとバレるのは気まずいので、少しづつ聞き出すにとどまっている。
そう、『桐田の為にオナニーなんか出来るか』なんて拒んでみたところで、結局のところオレは毎日桐田の声をオカズにあえいでいるんだ。
二重に気まずい。
なのに……。
「ね……サヤちゃん。あんな可愛い声、ちょっとでも聴いちゃったら諦めきれないよ。俺、聴かせてくれるまで、ずっと頼み続けるから」
うぁぁぁ……執着キャラを作ってきた。
普通なら、キモイのに……ぐう……。
ずるいぞ桐田。
その声で言われたら……胸がキュッとなってしまうじゃねぇか。
正直に言ってしまうと、もう、俺の中では『まぁ、聴かせてもいいかな』……じゃなく『あぅう……聴いて欲しいっ!』ってくらいになってしまっている。
けど、やっぱナシだろ?
ありえないだろ。
「……あ……じゃぁ、サヤちゃん、キャラつくってさ……。たとえば『サリュ』として録音とかどう?」
その提案に、おもわず『ひゅっっ』と息をのんだ。
『サリュになりきって』っていうのが、そもそもアノ録音を始めたきっかけだ。
なのにそれを言われて、桐田はオレのことを何から何まで全部知ってんじゃないかって、ちょっと怖くなった。
「ダメ?」
「ん……ヤダっ」
小さな声で拒否をする。
「どうしてもヤダ?」
「う……だって。オレばっかそんな……恥ずかしいもん」
「そっか……」
ちょっと考えて桐田は思いがけない提案をした。
「じゃ、俺もオーリオになりきって録音するからさ、それならいいだろ?」
「えっっっ!?」
なりきってって…桐田も……オナ声を録音するってことか?
「サリュを想ってって設定にしよう。サヤちゃんはサリュとしてオーリオを想って録音してよ」
「……設定?演技でいいってことか?」
なぜだかオレはちょっとガッカリしていた。
「まさか……本気の声を聞かせて」
「……っっ」
口説くかのような艶っぽい声にクラクラする。
それに……ガチの桐田の喘ぎ声……。聴きたい。
ドキドキとクラクラでまともな判断なんかできなくなってた。
そしてゆるく拒みはしたものの、結局オレは桐田の提案にOKをしてしまった。
「じゃ、俺、これからサリュを想って『録音』するから」
オレを動揺させる余計な一言を投げかけて桐田は通話を切った。
――じゃ、俺、これからサヤを想って『録音』するから。
いや、そんな事は言っていない。
けど……そんな風に聞こえた。
頬が熱い。
「うーううーーーあーあーあぅーーー」
意味のない声をあげながら、ベッドの上で足をバタバタさせ、ゴロゴロと転がる。
こみ上げてくるよく分からないモノを声と一緒に出しててスッキリしたい。
けど……。
うっっ……。
これから……オレ……。
別のモノを声と一緒に出さなきゃイケナイ……んだよ……な?
や、や、や、や、約束……しちまったしな……。
まだ何もしていないのに羞恥で体が熱くてたまらない。
「んっんっっ……ぁぁぁ」
コレを桐田が聴くんだって思うと、ついついいつもより可愛い声を出してしまう。
ちがう、ちがう、桐田が聴くからじゃない。サリュって設定だから可愛い声を出すんだ。
「……っぁ」
サリュはオーリオ相手の場合、胸責めがメインになる。
もう簡単に快感を拾うようになってしまったオレの乳首。
指でつまんで先端をこねれば、すぐにチュンと甘いしびれが走って固く立ち上がった。
「ぁ……ひぁん!オーリオ……!そこっ…キモチぃぃ…んっ。もっと…もっとして?」
オーリオを思い浮かべなら胸をいじっていると、自然と後ろにも手が行って……。
『もっと自分を解放して……サリュ……』
入り口だけ、なでるだけ……。
「ぁうん……ぁあ、イイよぅっ」
快感はちょっとだけ。なのに激しく高揚するっっ。
「ぁあん……もっと!お願いっっ」
『ほんとに、すごく可愛いよ……サヤちゃん』
オーリオの顔がスッと桐田に差し変わった。
ああ、くそっっ恥ずかしくて死にそうだ。
けど…はぁっ…頭おかしくなりそうなくらい……キモチイイ。
オレはその晩、コレを桐田に聴かれるんだという、恥ずかしさと喜びに、いつまでも熱い体をヒクつかせつづけた。
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