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21-え?あ?え?[とりあえず、真矢はキッチリしている]

今日、ウチに真矢(まや)が来る。 母ちゃんは出かけていて夜まで帰ってこないはずだ。 真矢が来るのは午後二時。 待ち遠しくてたまらない。 真矢が言った『嫌いになんて、なるわけない』ってことを『証明するよ』というセリフが、オレの頭の中では『どれだけ大好きか、たっぷり分からせてせてやるから』というふうに置き換わってしまっていた。 オレにとっては『オレがどれだけ真矢を好きか知られちゃう日』でもあるんだよなっっっっっ! なんて浮かれポンチなことを思いながら、居間のソファでクッションを抱きつつ足をバタつかせる。 はぁ…しかし…浮かれポンチのポンチってなんだ。 レトロなうえに意味不明だ。 あ、単純に逆に読むだけか!? オレか?まさに今のオレなのか? ………。 いや、きっと真矢だって浮かれ……。 とりとめのないことを考えていたらチャイムが鳴った。 玄関まで小走りで出て、止まる。 鏡に近づいて自分の顔を確認した。 うっ……だらしない?かも? キリッと顔を作り直して玄関ドアを開けた。 その向こうにはオレを見てニコリと微笑む真矢。 表情を作った甲斐も無く、へにゃりと笑って真矢を迎え入れた。 真矢は上質そうな素材のロンTにカーディガンという優しげで上品な格好だった。 初めからダサいイメージはなかったけど、思ってたよりさらにイイ感じだ。 「サヤちゃんのお母さんは?」 手みやげを差し出しながら真矢が言った。 「ああ、出かけてる。夜まで…帰らないよ」 「そうなのか。残念だな。ご挨拶したかったのに」 「え????」 照れながら『夜まで帰らないよ』なんて言ったのに、真矢の返事にちょっと困惑する。 でも至って常識的な発言ではある。 とりあえず、オレと真矢は感覚が違うってことだけはわかった。 きちんと手みやげを用意し、親に挨拶もしようとして、勧めなければソファにすら座らない。 スゲェ、ちゃんとしてる。 ま、イメージ通りといえばイメージ通りだけど。 これは、ちゃんと緑茶を出してもてなさなきゃいけねぇんだろうか……。 ま、いっか。 コーヒーの入った電気ポットとカップを持ってオレの部屋に通す。 「へぇ……すごいね、機材かなりちゃんとしてる」 なんか……録音機材を見始めてしまった。 あうううう……。 もうちょっと、ラブラブな……いや、人んちだから緊張してるのか? どうしよう。 かなり思ってたのと違う。 ほら、こういうときって……。 ………玄関開けた途端ぎゅと抱き合って、むさぼるようにキスしながらテキトーに靴脱いじゃって。 オレが 「もう……早く部屋行こ」 とか言って。 部屋に入ってドア閉めたらそのまま後ろから抱きつかれて。 首をひねって少し苦しい姿勢なのもおかまい無しにしっとりとしたキス……。 そしていつの間にかベッドの上に……。 とかじゃないのか? 「こっち、座れば」 ベッドを叩いて示しても、 「うん」 とか言いつつも、マイクを見ている。 あれ……? なんか、照れてるとか、緊張してるとかじゃないな。 あきらかに、オレより機材に興味を引かれている。 後ろからみぞおちに腕をまわして抱きついてみた。 真矢はオレを振り返って、ふふ……と笑うと機材に関する質問を始めてしまった。 えええええ………。 いや、これ父ちゃんのだから、何聞かれてもオレはさっぱりわかんねぇし。 っていうかっっっ。 真矢ー! 今オレが抱きついてるんだぞー。 心の中で虚しい叫びを上げる。 オレじゃ真矢の疑問に答えられないとわかると、 「そっか、じゃ、はじめようか」 と、明るく言われた。 ……………。 ナニヲデスカ。 いくらオレでも 『そっか、じゃ、セックスはじめようか』 と言われてるんじゃないってことくらいはわかる。 けど。 え? まさか……。 「あと、どんなセリフがあるんだ?」 あああああ……。 やっぱり。 最初にオレが『一緒に練習したい』って言って会いたがったから、まだそのつもりでいたのか!!!! ううう……。 真矢が健全かつ前向きすぎてツラい。 ◇ 「サヤちゃん、シャンプーのいい香りがする」 セリフの練習をする気満々のくせに、オレをドキンとさせるようなことを言う。 オレが後ろから密着するように抱きついてるんだから香って当然かもしれない。 しかも真矢を迎えるためにと、風呂入ってまだそんなに経ってないからなっっっっっ!!! ううう……。 どうしよう。 女ならさっさと押し倒すんだけど、この展開からどうやって押し倒されたらいいのかとかわからねぇ。 自分から行こうと思えばいけるけど……でも、自分からじゃなくって真矢に『されたい』。 とりあえず、抱きつく力を強めて、真矢の首元に頬をすり付けてみる。 すりすり……。 ああ……すげぇ肌のキメが細かくてきもちいい。 「ちょ……サヤちゃん。そんなことされたら…俺……」 「されたら……なに?」 「キスしたくなっちゃうって」 あー。キスもしたい……。 「ん……」 ちゅ……。 真矢は軽く唇をふれさせるとすぐに離れてしまった。 「やだっ……」 「そうだな。練習しないと……」 「ちがう……もっと」 さりげにベッドに誘導しながら前から抱きつく。 「真矢、ちゅ……して?」 ありえないくらい甘えた声。 ごくり。真矢がつばを飲み込んだのがわかった。 「ん…はぁ………」 深く口づけられ、なんだかホッとした。 あのままホントにセリフの練習始めるハメになるんじゃないかって冷や冷やしてたんだ。 キスをしながら軽く腕を引いて、ベッドに座る。 「んちゅ…ん…んは……」 うっとりしながらも、心の中でガッツポーズだ。 唇を離して真矢がオレの頬をなでる。 眼鏡の向こうの切れ長の目がすこし潤んでて、すげぇ色っぽい。 「サヤちゃん、練習、出来なくなっちゃうぞ?」 えええええ…………。 まだ言うか。 この状況でまだ言うのか。 やると決めたことはやり通すというのが、真矢の強みなのかもしれない。 その鉄の意志で、オレは散々恥ずかしいことを言わされたけど、今回は逆だ。 オレは何が何でも真矢の鉄の意志を打ち砕いて恥ずかしいことをする! ……。 なんかちょっと違う気もする。

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